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そこから全員で少し離れた集落に向かうこととなった。
カイの弟、ケイは久々にカイに会えて終始嬉しそうであった。
六年前に村を出た兄の里帰りである。嬉しくないはずもない。
「でもカイさんとケイさんってそっくりだね」
「だろ? 近所でも似てるって評判だったんだ。年は結構離れてるのにな」
「正確は正反対だけどね……」
ケイの言うとおり、カイとケイは姿かたちこそ似ているが、性格は反対であった。
カイは豪放磊落といった言葉が似合う男で、言葉通り細かいことは気にしない。
それでも機械という繊細なものの扱いが出来るのはなぜかはよくわからない。
それに対してケイはどちらかと言うと気弱な男で、荒事は好みそうにない人間である。
「でも剣の扱いはケイの方がうまかったんだよな……不思議なもんだぜ」
「あれは兄さんが真っ直ぐ突っ込むことしか考えてなかったからだろ?」
「お、言うねぇ。この六年で俺がどんだけ強くなったか見せてやろうか?」
「俺だって剣の修行は続けてたさ」
「まあまあ二人ともこんなところで」
ドロイトが二人をたしなめる。
まああくまで冗談のような会話である。カイもケイも本気ではなかったが。
そうこうしている内にケイの案内の元、現在の火の民の集落、フィーム村にたどり着いた。
ガナンツ帝国東部イリフの森内部フィーム村。
イリフの森の中に点在する集落のひとつで、火の民の人間が暮らしている。
元々イリフの森にある集落はわけありであることが多く、帝国に認可されている村は少ない。
フィーム村も同様で、火の民の存在が広く公になっていない以上ガナンツ帝国に認可されていない独自の集落である。
そのため生活は自給自足が主で、農業、畜産業、狩猟を行い生計を立てている。
元々はさらに西側にあったが、魔物の襲撃に備えさらに東に移動した。
「ほら、着いたぜ」
そこはさきほど見た廃墟の中の時間を撒き戻したような、美しい場所だった。
森の中のひらけた場所に、綺麗な村があったのだ。
耳をすますと鳥の声、水の音。匂いをかげば土と緑が鼻腔をくすぐる。
シルム村に似ているが、こちらは海がなく、まったく森の中であった。
「……懐かしいな」
「ほら、兄さん。村長さんや村のみんなにも挨拶しに行こうぜ。旅人さんも一緒にどうだい?」
「そうだな、せっかくだし、着いていくか」
2012/03/30 15:45 No.127
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フィーム村に住む人間は、見る者見る者すべてが火の民であった。
男性も女性も、子供ですら、皆が一様に尖った耳と強靭な爪を持っていた。
光の民の誕生でその存在が御伽噺とまで言われた火の民が、今こうして目の前にいるのだ。
そのことに対してファルナは感動を禁じえなかった。
カイの時は唐突過ぎて頭の処理が着いていけなかったが、まるでこれが夢であるかのような感覚だ。
しかしこうして火の民の村にいるということは現実であり、ファルナは己の夢と現実の狭間でわけがわからなくなっていた。
「火の民の村を見るのは始めてかい?」
「え、あ、まあ……」
「ここ以外にも結構あるんだよ。あまり人目につかないところで隠れてるような村がね」
変なことを深く考えすぎてケイの言葉にすら適当な相槌しかうてないほど迷宮に入り込んでしまったファルナと違い、ユニアはひどく落ち着いていた。
もっとも、彼自身ファルナから聴くまで火の民の存在を知らなかった。
それに加えてサーブルの城にいた時のファルナの話は半ばファルナの暇潰しの相手であったため、適当にしか聞いていなかったのだ。
だから彼の目の前にしている事実がどれほどの大事なのか理解していない。
記憶喪失ゆえのマイペース。それがユニアという男である。
「昔は光の民と一緒に暮らしてたこともあったんだがな、それだとどうしても他の民族とも絡むことになっちまう」
「だから戦争はやめたんじゃ?」
「いくら停戦したといってもずっと昔から敵対してた奴らだ、本能から嫌ってるんだろうな。浮ついた風の民の輩は今でも嫌いだ」
そしてユーカとドロイトだが、実は彼らは二人とも、過去に四民族と出会ったことがあるのだ。
ユーカはサーブルでクルカの護衛をしていた頃、クルカの友人だと言う水の民の女性と出会ったことがあるし、隠れた集落の存在も知っていた。
ドロイトは怪我の治療のためにレムート村を訪れた風の民の少女を治療したことがあった。
ゆえに二人は光の民以外の人間に耐性があった。
だがドロイトの方は集落があるということまでは知らなかっただめ、単純に興味深げに驚いている。
「今から森を出るのも酷な話だろう。良かったらうちに泊まってかないか?」
「お、いいのか?」
ケイの提案に、嬉しそうに笑うユニア。
「ああ、今日は兎も獲れたしな。飯は十二分にあるぜ」
「それじゃ、お言葉に甘えるとしようかな」
「さんせーい!」
「ありがとうございます」
そして夜は更けてゆく。
2012/03/31 23:53 No.128
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深夜、ユニア達が寝静まった後。
カイとケイはひとつの部屋に集まり、昔の話に花を咲かせていた。
「そうそう、それで俺も頭に来てさ」
「あん時はマジビビったよ。いつも大人しいお前が机ひっくり返したりなんかしてな」
「兄さんはとっくに親父に殴りかかってボコボコにされてたけどね」
げらげらと笑いあう二人。
年は少し離れているが、やはり血の繋がりからか、容姿だけでなく笑い方もそっくりである。
「いやー……まったく懐かしいな」
「また兄さんに会えて嬉しいよ。で、これからもこの村にいるんだよね」
その質問がケイの口から出た時、カイは凍りついた。
出来れば話したくなかったのだ。
平和主義の弟に、悪魔を滅ぼすために共に旅をするなど。
カイが村を出る時、当時十二歳だったケイは、しかし兄であるカイよりもしっかりしていた。
料理も洗濯も一人でできたし、カイがいなくなっても困ることはないだろう。カイはそう考えていた。
だからカイは、村長にケイのことを任せ、一人で出て行こうとしたのだ。
しかしケイも馬鹿ではない。兄が旅支度を整えているところを発見し、問い質したのだ。
いつにない剣幕のけケイに、カイは思わず旅に出ることを伝えた。
「兄ちゃんな……ちょっと旅行に行くんだ」
「旅行?」
「そうだ、だからケイは村長さんの言うこと聞いてしっかりしてなきゃダメだぞ」
「だったら俺も一緒に行く!」
いくらなんでも言い訳が下手すぎたかと後悔するカイ。
「いいか、外は危ないところだ。お前に何かあったら俺も困るだろうが」
「俺の方が兄さんより強いもん! 魔物くらい倒せるよ!」
「だったらなおさらダメだ」
「……え?」
カイはケイの頭をぽんぽんと撫でた。
「お前みたいなやつを危険な目にあわせるわけにはいかないからな」
「兄さん……?」
その手でこんどはケイの長い髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
毛が目に入ってふるふると震えながら目を瞑るケイ。
「安心しろ、すぐに帰ってくるよ」
そう言ってカイは家を出た。
六年前、ラース暦131年の話だ。
2012/04/01 22:39 No.129
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「ま、やっぱりなんだかんだ言っても唯一の肉親だからな。一緒に暮らせるなら安心はするよ」
「あ……」
そう言うとさっさと席を離れ、夕食の後に洗って既に乾いた食器を片付けるケイ。
肝心の話が出来ない。
一緒に行こうと、旅に出ようと。
共に悪魔を滅ぼそうと。
その話が出来ない。
カイにとってその話をするのには少し勇気が必要だった。
こんな優しい弟に、つまりは共に死ねと言うのだ。
弟と再会したばかりの兄にとって、それはあまりに辛く、あまりに苦しい話だった。
そもそも悪魔を滅ぼすというのは自分の勝手な都合で、両親が殺されたと知らない弟には何の関係もないことなのだ。
なぜケイを巻き込む必要があるのか?
それはカイ一人ではそんな途方もなく大きなことは成し得ないからだ。
人々の歴史の中で敵対してきた強大な敵、悪魔。
そんなものをたった一人の男だけで滅ぼせるわけがない。
だが、そんなカイには弟のケイがいる。
ケイは普段は大人しいが、剣術や体術に関しては、人並みはずれた才能を持っていた。
だから彼と組めば、彼と一緒ならなんとかなると思ったのだ。
彼の力と、
「俺の……ファンタスマゴリアで……」
「……? 兄さん、なんか言った?」
「え、ああ、いや、何も」
質素な木製の椅子にもたれ掛かって天井を見上げる。
ぎしぎしと音を立ててきしむ椅子は今にも壊れてしまいそうだ。
だけど壊れない。自分の思いもまたこうであって欲しいものだ。
カイはそう願いながら、いつの間にか眠りについていた。
2012/04/03 11:21 No.130
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「うわー……雨かよ」
翌朝、ユニア達がケイの家で目覚めると、外は生憎の雨模様。
森の中の雨というものは草と土の匂いが混じって暗く神秘的、幻想的で美しくさえある。
だがせっかく出発という段で雨が降っているという状況のユニア達にそんな余裕はない。
「しかし困ったな。これからどうしたものか」
ユーカの言葉に皆頭を悩ませる。
道としてはとにかく預けてある馬を回収し、一度ダイネルか、そうでなくとも森を抜けて近隣の町か村まで戻る。
そしてそこから指針を決めようとしていたのだが、ここにきての雨。
道中の雨ならば仕方ないだろうが、流石に雨の中を出るのも気が退ける。
そうでなくとも惑わしの森と名づけられるほどのイリフの森を、案内人も無しに雨の中抜けるなど自殺行為に等しい。
「風を見る限り少なくとも雨は今日いっぱいは降るわね」
「さて、どうしたもんか……」
と悩む一行に助け舟。
「もし良ければ、もう一晩くらい泊まっていく? 部屋はどうせ空いてるし」
ケイである。
「え、いいのか?」
「まあ皆さんが急ぐ旅じゃないならね。この雨じゃ俺達でも迷う恐れがある。森の景色はすぐに変わるんだ」
「確かに山も雨が降ると目印が変わるからね。森も同じってわけか」
「なんにせよ助かるよ。それじゃお言葉に甘えさせてもらうかな」
人の好意は無にすべからず、結局ユニア達は火の民の集落、フィーム村にもう一日滞在することにしたのだ。
2012/04/04 23:16 No.131
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時をやや進めること数時間。
イリフの森北西部。
「ああ懐かしい懐かしいよなぁ」
降りしきる雨の中男は独りごつ。
元々手入れのなっていなかった黒髪は雨に濡れ光沢のない闇色に染まり、汚れきったシャツは体に引っ付き不健康な体を浮き彫りにする。
口は半開きでちろちろと長い舌が赤い毒蛇のように蠢き、その周囲には肉食獣を彷彿とさせる鑢のような歯がびっしろと並んでいる。
浅黒く変色した爪は猛禽のそれの如く鋭く太く大きく、褐色の肌はかの地に下りた悪魔の如く。
「何年ぶりだ? ふふ、楽しみだな、早くみんなに会いてぇなぁ。元気にしてるかなぁぁ」
クックと含み笑い。
道化を演じるかのような独り言。
「俺は幸せ者だよなぁぁ。クック、今度は何人いるかなぁ……」
男、ザゴは両手を左右に伸ばす。
赤黒い魔方陣が宙に浮かび、その中から甲虫の魔物を呼び出す。
「クク、クヒヒ、ハハ、心臓、生の心臓よぉぉ……」
魔物の数が十分集まったところで、後ろに並ばせる。
先頭指揮はザゴ。自らが最前列に立ち、隊を導く。
「そういやあいつの話じゃこの前の輩もいるってんじゃんか……ついてるついてるゥーッ」
目の端を歪め、犬歯をむき出しにするザゴ。
狙うはフィーム村。火の民の集落。
「さァァ第二幕だ……旨くて素敵な心の臓、たらふく喰わせてくれ給えよォ!!」
その声を合図に、魔物は進撃を開始した。
2012/04/04 23:47 No.132
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「暇」
「暇ね」
「暇だな」
「暇ですね」
まるで伝染病のように伝播し流れ伝わる言葉。
退屈は人を殺すというがその通りで、ユニアを含む一行は今まさに退屈していた。
「……トランプは?」
「……飽きた」
はふぅ、とため息をつきながらテーブルに上半身を投げ出すファルナ。
元々好奇心旺盛で動くことが好きな彼女にとって長時間拘束されるのは窮屈、そして退屈極まりないのだ。
そんな時はユーカなら鉤爪の手入れをするし、ドロイトは本を読む。
ユニアは屋外でかつ雨が凌げる屋根のある場所で素振りをするだろう。
だがファルナにはそれがない。
弓は頻繁な手入れを要するほど複雑な武器ではないし、狭い空間では練習も出来ない。活字など食指も動かない。
「……暇ね」
所在なさげに辺りを見回すファルナだが、他の三人は早々と自分なりの時間潰しを始めてしまった。
一度借りている部屋に戻って昼寝をするというのもありかとは思ったが、あいにく目は覚め頭は冴えている。
そしてこんな時に動くのがケイである。
「ファルナさん……だったよな、よければどうだい?」
「……?」
ケイが持ってきたのは一枚の大きな紙とペン、大量の白黒色の小さな石であった。
それをテーブルの上に置くと、ファルナと反対側に腰掛ける。
そしてペンを縦横に走らせ、大きな格子模様を描く。
「火の民の子供達の遊びのひとつなんだけどな……白と黒、好きな色を選んで順番に線が交わった点に石を置いていく。
ただそれを繰り返して縦横斜め、どこでもいいから五個の石を連続して直線に並べられた方が勝ちってゲーム。簡単だろ?」
大雑把なルールを聴き、にやりと笑みを浮かべるファルナ。
この手のゲームは彼女の大好物だ。
「面白そうね。いいわ、始めましょう」
しかし大好物であることと得意であることは必ずしも一致はしない。
ちなみに本日の彼女のシャツには「負けて意地張る女道」と書いてあった。
2012/04/06 00:36 No.133
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_Dl9
同時刻某所。
「やれやれ。キミは真なるお人好しらしい」
「それはお互い様だと思うがね」
周囲を海に囲まれた孤島。
いや孤島と呼ぶのも疑問に思うほどのただの隆起。
たった数十m四方海抜1mの島。その中央にひとつの建物があった。
石造りでほぼ箱に近い、扉がひとつあるだけで窓も装飾も何もない建造物だが、どうしてかその建物には本来あるべきはずの継ぎ目がなかった。
まるで巨大な岩をくり貫いて作ったか、さもなくばひとつひとつを丁寧に溶接したか。
いずれにせよ適当な外見のそれに反して作るのには相当な手間があったであろう矛盾する建造物。
「だが彼らとてキミの思惑通り動いてくれるとは限らないよ?」
「それは理解しているつもりだ。だから敢えてボクは彼らの仲間にならない中途半端な立ち位置にいるわけさ。さしずめボクは」
「ファンタスマゴリアの裏方役者だ、とでも言いたいのかな?」
建物の中は外観にも増して奇妙極まりない。
なぜならその建物には床と呼べる部分がなく、足のつく部分はすべて砂地である。
そしてその中には男が一人。
黄色くくせのある波がかった髪に鎮座するシルクハット。汚れのないノーネクタイスーツはおそらく新調したものだろう。
その男がさっきから誰もいない空間に向けて話しかけているのだ。
奇天烈な状況であるにもかかわらず、どこからともなく聞こえてくるもうひとつの声が男と会話を成り立たせている。
「だけどよしんば彼らに『滅びの運命』を乗り越えるだけの実力と精神があったとしても、だ」
「ある程度の事態になることは覚悟しているさ。あの日……ボクが仲間を裏切ったあの日から、覚悟は出来ている」
男は声に答えるも、その身に自信はない。
「キミの覚悟はさもありなん。問題はキミよりも彼らだろうに」
「だからこうやってわざわざこんな何もないところまで来てキミに話をしているんじゃないか」
「……はぁ」
声がため息をついたことがわかると、男は不機嫌そうに眉をしかめた。
だがここからが本題だ、と声は続ける。
「次の闘い。まあ彼らにとってはある意味初めての闘いになるが――」
「まず間違いなく彼らの中の誰かが命を落とすぞ。そんなキミの筋書きで満足なのか?」
男は返答する。
「もちろん予定通りだ。死(それ)が、それこそが彼らを成長させるだろう」
「そうやって生まれるマイナス因子こそが、『滅びの運命』を生み出す結果になると」
「それだけではないけどね。少なくとも今、現在という条件下ではこれが一番手っ取り早い」
「これからも彼らに関わる者は何人かが死ぬぞ。もしかしたらその中にキミがいるかもしれない」
「まさか。ボクはそう簡単には死なないさ。キミほどではないけどね」
再び声がため息をつく。
それを皮切りに男は踵を返し、この建物唯一の扉へと向かう。
「ま、最低限ボクのやるべきことは了解したし遂行もするよ。キミはキミの予定通りに動けばいいさ」
「恩に着るよ。今度来るときは酒のひとつでも持ってこよう。キミの姉上さんにも挨拶しておきたいしね」
「人間の世界では嘘吐きは嫌われるんだがな。それが嘘とわかる時だけだが」
男が扉に手をかけ、振り返りもせずにもう一方の手を別れとばかりにひらひらと振る。
「覚悟ができてるんなら何も言わないよ。親友のゲームを邪魔するほど野暮じゃない」
「ありがとう。それじゃ近いうちにまた来るよ」
扉を開くと、轟々と雨が降っていた。
男は傘も指さず、その中へと一歩を踏み出す。
背後で扉がひとりでに閉まった。
(覚悟ねぇ……あの日ユニアと出会い仲間を裏切った時から……そんなものとうの昔に出来ているというのに)
降りしきる雨の中、男は音もなくその島から姿を消した。
2012/04/07 00:03 No.134
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_Dl9
「……」
目が覚めた時、既に昼を過ぎていた。
いつの間に眠っていたのかわかっていないカイが目覚めたのは自室のベッドの上であった。
ご丁寧に毛布までかけられ、寝かされていた。
「……」
上半身を起こすと大きく伸びをする。
確か自分は昨夜ケイと昔の話をしていたはずだ。
そしてもっとも大切な、共に悪魔を滅ぼすための旅に出ようと持ちかける前。
ケイは言ったのだ。
カイに、唯一の肉親である自分に村にいて欲しいと。
「……俺は」
本当に自分勝手で情けない男だよ。
悪魔を滅ぼすというエゴに呑まれ、ただそのために村を捨て弟を捨て飛び出した勝手な人間。
そんなこともしても得られるものなんて何もないのに。
人間を救う? 馬鹿げたことを。
ただ自分の復讐心を癒し敵愾心を治めようとしているだけじゃないか。
そして自分の力だけでは無理だと知ると今度は弟まで巻き添えにしようとしている。
「……」
ユニアは強かった。
ダイネルの鍛冶屋の親父に直してもらったサーベルを振り回し、魔物をなぎ倒していた。
ユーカは強かった。
その手袋に潜めた鉤爪で素早く喉笛を切り裂き、魔物を圧倒していた。
ファルナは強かった。
ユニアやユーカの死角から迫り来る魔物の急所を的確に撃ち抜き、充分な後衛を担っていた。
ドロイトは強かった。
戦闘でも然ることながら戦い傷ついた仲間に素早く応急処置を施し、後ろ盾となって支えていた。
「……」
俺は弱かった。
あれだけ練習したのに、六年間を修行を積んだのに、いざ戦いになるとただ闇雲にサーベルを叩きつけ、破壊することしか頭になかった。
きっと彼らがいなければ俺はこの三日間のうちに死んでいただろう。
何がファンタスマゴリアだ。
ただ「自分の思い描いた仕組みを瞬時に開発し組み立てる」能力など何になる。
玩具のような鉄の馬に、がたがたうるさい掘削機。そんなものが何になる。
自分の命が救えても、人の命は救えないじゃないか。
「……」
村を出よう。
俺はここにいても迷惑になるだけだ。
――哀れ復讐に狂ったからくり道化は志半ばで朽ち果てました。
月並みなストーリーじゃないか。涙も出ない。
だが旅人の最期としては悪くない。どちらにしろ、もうこの村には用はない。
唯一の心残りはケイだが、自分が逃げ出してからも普通に生きてきた彼のことだ。うまくやるだろう。
「どうしてこうなったんだろうな」
部屋の中で独りつぶやいた。
フィームの村がザゴ率いる魔物の襲撃を受けたのはその直後のことであった。
2012/04/07 22:39 No.135
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_Dl9
まず最初にそれに気付いたのは外で遊んでいた火の民の子供達であった。
彼らの持つ尖った耳は遠くの音も逃さず聞き取ることが出来た。だから音が到着するはるか前に気付けたのだ。
元来火の民というのはどちらかというと争いごとを好まず大人しい性格であり、その子供達も例外ではなかった。
だからその音の正体を探るよりまず先に親を含む大人に相談したのだ。
結果的にそれは最良の選択であった。
もし彼らが好奇心によってその音の正体を探りに向かっていたとしたら、彼らの若い心臓はザゴによって貪り尽くされていただろう。
大人達がそれを確認するとすぐに若い男達は武器を取り、村に侵入される前に片を付けるため村を出る。
老人や女子供は森の中へ散り散りに避難した。
森で生活する彼らは、雨であろうが多少の獣道に入ったところで方向を見失うことはない。
だがそうでないユニア達の一行は、やはりと言うか結局と言うか、とにかく戦うしか術はないのであった。
「なんで俺達の旅はこんなにツイてないのかね?」
「愚痴らない! やるべきことをやる!」
ファルナに檄を飛ばされ、男達と共にサーベルを引き抜く。
雨は未だに衰えることなく降り続き、サーベルの輝きをより強いものへと変える。
「本当に申し訳ないね、旅人さん。そして助かるよ」
「構わないさ。慣れたことだ」
「慣れたこと……?」
ユーカへ向けたケイの問いにはドロイトが答える。
「僕の住んでいた村も魔物に襲われましてね。それを救ってくれたのが彼らなんです」
「そりゃすごい。頼りにしてるよ、旅人さん達」
冗談めかしてケイが言うが、それに答えるようにユニアが応と呟いた。
同時にカイが自分のサーベルの柄を握り締める。
「……俺の」
「?」
独り言のような小さな声だったが、しかしそれは誰かに聴いてほしいと願うような声。
そんな声で、カイはぼそりと呟いた。
「……俺を育ててくれたフィーム村よ……これがあんたに出来る最後の恩返しかもな」
「兄さん?」
村を出る。
そうだ。
これが彼の、最後の戦い。
もう誰かと肩を並べて戦うことはない。
もう誰かが横で戦うことはない。
だから。
「ケイ」
「なに?」
「今は俺と剣の向きを合わせてくれ。お前と共に何かを傷つけるのは、これで終わりにしよう」
「……?? う、うん……」
言葉の意味がわからないケイは、しかしいつになく真剣なカイの素振りに飲み込まれてしまう。
とりあえず剣を振るうのは剣術の練習の時だけで、くだらないケンカをするのはやめよう。
ケイは、カイがそう言っているのだと思い込み、無理やり自分を納得させた。
天を仰ぐ。
雲は黒く、雨は止みそうもなかった。
2012/04/08 22:19 No.136
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_Dl9
「……あれは!」
曇天による黒き森の中、現れたのはユニア達一行も知っている魔物。
その顎は二対、そしてその中央に捕らえ射抜くための黒い角。焦げ茶色に輝き八本もの脚で這う姿は大地の移動を思わせる。
……巨大で異形なクワガタムシ。
レムート村でユニア達が交戦した魔物と同じであった。
「旅人さん、知ってんのか?」
「前に戦ったことがある……奴らの外殻は硬い! 節目を狙うんだ!」
「おっけ了解!!」
村人から喚声があがる。
木々と雨によって視界が遮られているため数はわからないが、おそらくレムート村の時より多いだろう。
そんな集団が木々をなぎ倒し踏み荒らし、一直線にフィーム村を狙っているのだ。
「っし、いくよ!」
まず仕掛けたのはファルナ。
ダイネルで購入した爆薬を使用し、あの時と同じように爆発する矢を作ったのだ。
そしてやはり破壊した外殻に対して的確に矢を放つ。
外側が硬いからか魔物の内臓は脆く柔く、矢の一本で致命傷に至るには十分であった。
「こういう場所なら地形を味方につけないとな……」
ある程度まで寄ってきたら次はユーカが動く。ぬかるむ足場を蹴り素早く接近すると、両手から鉤爪を解き放った。
ユーカのファンタスマゴリア、『赤い砂時計』である。指先で生成した糸を鉤爪に結びつけ操っているのだ。
鉤爪は先頭を走る魔物の四本の顎に狙いを定めると、素早く糸を巻きつけ、さらに伸びてそばの木々へと巻き付いた。
「磔にする!!」
ユーカが腕を振り上げると、それに応ずるように糸が巻き上がる。
釣られて魔物の四本の顎も引っ張られ、まるで二本足で立ち上がったかのような姿勢で、空中にぶら下がる格好になった。
そのまま残りの糸が魔物の体に巻きつき、哀れ魔物は木々の隙間に完全に固定されてしまった。
先頭の魔物がそんな状況だ、後続の魔物は勢いを失い、回り込んで周囲の木々をなぎ倒す。
それを仕留めるのがユニアやカイにケイ、他の村人の役目だ。
「懐かしいな、昆虫標本か」
「よくやったよね」
戦いの中、兄弟は共に微笑み会うのであった。
2012/04/09 22:15 No.137
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_Dl9
「なんだよあいつら?」
「知らないのかよ、戻ってきたカイと一緒に来た旅人さんらしいぜ」
「すげぇ……」
村人が言うのも無理はない。
なぜならユニア達四人と、それにカイとケイを加えた六人だけで魔物のおおよそ八割を消滅させていたのだから。
ユニアのサーベルは的確に魔物の頭部と体の節目を一刀両断し、ユーカの糸が魔物を持ち上げて鉤爪が柔らかな腹部を貫いていた。
ファルナの弓は魔物が近づく前に殻を破り体を射抜くし、ドロイトは後方で彼らの打ち漏らした敵を斬るサポートにまわっていた。
しかし何よりすごいのはカイとケイのコンビネーションである。
カイが魔物の顎をたたき上げるとすかさずケイが腹を貫く。
ケイが横殴りで魔物をひるませると即座にカイが節目に必殺の一撃を叩き込む。
片方がぬかるみに足をとられればすぐに援護に徹する。
昨日再会したばかりなのに互いに声をかけずとも分かり合える関係。
血の繋がり。DNAから同一なのだ。彼ら二人。
「この二日でわかったよ。火の民ってのは平和な民だな……まったく素敵だ」
「ここんとこ心が休まる暇もないからね。シルム村がどれだけ平和な村だったか思い知らされたわ」
「違ぇねぇ」
ユニアとファルナが背中を合わせて立つ。
雨が互いの服を濡らすが関係などない。
彼らも闘いの中で成長しているのだ。
あの兄弟とは異なり、そして同じもの。
互いが互いの信頼できるパートナーであるということを。
戦いの中で平和を見つけ出すに相応しい存在だということを。
彼らは確信しているのだ。
平和を求める心を互いが通わせていることを。
「人の生くるは苦境の運命! 行けども行けども山か谷!!」
「山あらば削ろう! 谷あらば埋めよう! 平和を平らと謳うなら!!」
「「大地に叛きて悪を討つ! 光風霽月ここに在り!!」
2012/04/11 00:11 No.138
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_H5r
「あと一息だ! 全員踏ん張れェ!!」
「うぉぉ!」
最初は無数に思われた魔物の数も一気に減少し、残す数も数えられるほどにまで減っていた。
雨が魔物の残骸である灰を無情にも地面に押し付け、その場で土に還ることを余儀なくされる。
この時誰もが勝利を確信していた。
犠牲者ゼロでの魔物の撃退に成功したと誰もが確信していたのだ。
あの男の登場までは。
「クック……いやァ、いいねェ」
「!!」
魔物の影から突如現れた異様な風貌の男。
煤けた長い黒髪、異常なほどの猫背、そしてボロボロの衣服。
暗く沈んだ瞳は何も映さず、いや、絶望そのものを映しているかのような灰色。
笑う口からは牙が覘き、その雰囲気をよりいっそう異常なものにしていた。
「ハァィ少年中年初老の皆様コンニチハー。こん中に俺にあったことある人いる? いないかそうかー、ハハハ」
「な、お前、何者だ……!?」
その空気に気圧された村人の一人が焦燥感にかられ誰もが心にとどめている疑問を口にした。
すると次の瞬間である。
その村人の首は、男の爪によって切り裂かれ、宙を舞っていた。
「人が話してる最中は横槍入れちゃダメでしょォ?」
「!!」
村人の首がごとりと落ちる。
雨の流れに血が混じり、灰の山に紅が差す。
「ひッ、ひィィ!?」
「な、な、なんだこいつは!?」
「どいつもこいつも煩ェなァ……」
あまりの異常な状況、常軌を逸した行動に村人が全力で逃げ出すが、男は特にそれを追うでもない。
顔をグルンと回転し、ユニアと目を合わせる。
「俺はザゴ。ザゴ・ネプト・ストロティス。ある人の頼みでアンタ等をぶっ殺しに来た」
戦慄。
恐怖。
そんな感情がユニアの中に渦巻く。
「アントレ(前菜)は楽しめたかい? さァこっからは本日のヴィアンド(主菜)、存分に楽しんでくれたまえよォォ?」
2012/04/12 00:54 No.139
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_H5r
「貴様よくも!」
降りしきる雨霞の中、村に住む火の民の男の一人が突如現れ同胞を殺したザゴに激昂し、切りかかった。
しかしまるで煙のようにすっと身をかわすと、またその男も同胞と同じ運命を辿ることとなる。
「か……ッ」
「だからァ……俺が用あるのはこいつら旅人さんなの。アンタらはおまけなのォ!」
ザゴが両手を振り上げると、虚空に現れる赤黒い魔方陣。
そこから新たに生み出される甲虫型の魔物。
サーブル王城内におけるバロテスとの戦いのときと同じ、魔物を使役する男。
「ユニア!?」
異変に、そして闖入者に気付いたユーカがすぐにそばまで寄ってくる。
ドロイトは先程の二人の元へと向かったが、彼のファンタスマゴリア『豊穣の畑』は治癒の能力。
怪我を治し傷を塞ぐことは出来るが、死者を蘇らせることも命を戻すことも出来ない。
自分の無力さに嘆き俯くドロイト。
そして
「な、なんなんだよアンタ……」
「何度も言わせんなよな、理解力のないユニアっくゥゥーん?」
ユニアにとって受け入れがたい光景。目の前で人が死んだ。二人も。
その様に、そしてザゴに対し、ユニアは自らと異なる者に向けた気持ち悪さを覚えた。
まるで人間らしさが感じられない――
人型であるが人間でない。そんな生物だった。今目の前にいるザゴと名乗った男は。
「なんでもお偉方はさぞ『滅びの運命』とやらにご執心でねェ、アンタらを殺さにゃならん。ま、これも天命と諦めて……ッ!?」
言葉を切る前に後方へと距離をとるザゴ。
何事かと身構えるユニアの目の前に、重い衝撃と共に何かが落ちてきた。
木である。
見るとその根元の部分にサーベルを振り抜いたカイが立っていた。
いや、サーベルではあるがその様は少し違ったものを想起させる。
まるで斧。枝を切り払い、木を切り倒すための道具。
「ヘヘッ、躊躇がないねェ……俺を殺そうとする感情に嘘偽りがない……」
「……」
ぎろり、とザゴを睨み付けるカイ。
大型の熊ですら怯むであろう、すべてを射抜く矢の如き視線。
殺意。
その目からは、その表情からは、その身体から迸るは殺意。
敵を。
目の前にいる敵を。
排除するための。消滅させるための。強固なる意志。
「そんな憎しみの火、俺ァ大好きだ!」
「悪魔が……この悪魔めがァ!!」
2012/04/13 00:20 No.140
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_H5r
「悪魔……ッ!?」
ユーカはその単語の違和感に眉をしかめる……が戦闘中にそんな悠長なことを考えている暇はない。
ザゴと名乗った男に向かって突進したカイを守りつつ援護するために、周囲の魔物を一気に磔にする。
そして素早く身を翻すと、糸を引締め、魔物の体を一気に切り裂いた。
ファルナは矢の標的を魔物からザゴに切り替えるものの、魔物の数が多く当てられそうにない。
無駄に弓を浪費するよりはと魔物の方に狙いを定め、各個討伐を行う構えだ。
一方カイはその場で再び別の木を切り倒すべくサーベルを振るっていた。
いや、もはやそれはサーベルではない。
カイの持つファンタスマゴリア……自らの想像した仕組みを即座に実現する能力。
これを用いてカイは新たな武器を生み出していた。
片刃サーベルの中ほどに蝶番が設けられ、また鍔のあたりに折れ曲がった刀身を固定する金具が取り付けられていた。
刀身を半分ほどに折り曲げることで、リーチを犠牲にして破壊力を向上させた戦斧。
サーベルとバトルアックスの両面を持つ武器。
「ク、ク、面白い発想だな。状況に応じて変形する武器か、面白いぜ」
「ほざくな!!」
ゴッと鈍い音と共にカイの斧がそばの木に叩きつけられる。
幹の中心まで切れ込みが入り、支えの大部分を失った木がめりめりと音を立て軋み、やがてはべきりと折れ、ザゴの方に向かって倒れだす。
「おいおいワンパターンだな、もっと寄って来いよ」
「!」
しかしザゴは、あろうことかその木を真上に向かって殴りつけた。
重い衝撃。カイの斧以上の一撃を叩き込み、木は割り箸の如くばっきりと避けて割れてしまった。
「ビビんなよ、ビビんなよォ? まだまだこれからだってのによォォ!」
「チィッ!」
素早く距離を詰めてくるザゴに対し、カイは一度距離をとるべく後ろに下がる。
「兄さん!」
その間の引き付け役がケイである。
既に地の利を活かし、森の隙間を縫ってザゴの背後に移動していたケイは、その細身のサーベルでザゴの脚を狙う。
しかしさすがに人の形をしたものを傷つける勇気は無く、弱腰のその一撃は易々とかわされる。
「ウザいんだよッ!!」
振り向きざま、その鋭い爪による一撃をケイに叩き込むザゴ。
しかし間一髪のところでサーベルによる防御が間に合った。
「ぐっ!!」
だがそれでもザゴの一撃は木を粉砕するほどに重い。
サーベルにはひびが入り、ケイの身体は蹴られた小石のように軽々と吹き飛び、背中から地面に激突した。
「ケイ!」
「大丈夫ですか!?」
そんなケイにすぐさま駆け寄り、治療を施すドロイト。
それを見たカイもまたすぐに気を引き締め、目の前のザゴと対面する。
「美しきかなチームワーク? ま、おままごとは天国でやってな」
2012/04/14 09:43 No.141
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_H5r
「悪魔は俺が滅ぼす! すべて!」
「ヘヘッ、悪魔ねェ……」
カイは木を切っての攻撃は博打性が高い上容易に避けられると悟り、元のサーベルへと武器を戻していた。
同時にユニアとファルナもまたカイとケイの援護に回る。
むしろそうしなければならないほど、ザゴと名乗った男は強力だった。
雨が降って視界が悪いはずなのにカイ達の攻撃を的確に回避し、ここぞというところで自分は鋭い爪を繰り出してくる。
反則的なまでの回避能力。身体能力の高さと言い、たった一人だけでかつてユニア達が手も足も出なかった三人組の少女に匹敵するほどであった。
「クソッ……」
「お疲れか? お疲れかィ? 無理もねェ、こんな雨ん中こんだけ走り回ってりゃ疲れんよ」
ザゴの言う通りである。
事実カイもケイもユニアもユーカも、雨に濡れ重くなった服で動き回ったせいで疲労困憊していた。
「かく言う俺も同じなんだけどな……だからさァ見せてやんよォ!」
叫ぶや否や、唐突に顔を真上に向けるザゴ。
顎が外れんばかりに口を大きく開き、目は雨が入ろうとカッと見開いたまま。
異常行動。はっきり言って異常な行動であった。
ほんの数瞬の出来事である。
カイが地面を蹴ってザゴに急接近するのと、ケイがまだ周囲にいた魔物を切り裂き灰に還したのと、ほぼ同じくらいの瞬間。
それは唐突だった。
まずザゴの喉の奥からぐるりと何かが反転するような、音が聞こえた。
次に首から、ごきりと骨か何かが折れるような音がした。
そしてだ。
彼らは信じられないものを見た。
最初は蛇かと見紛うた。
だがこんなに気色の悪い蛇が存在するはずもない。
これならばダイネルに向かう途中の池のほとりで戦ったワニのような蛇のような魔物の方が何倍も可愛らしく見える。
目を背けたくなるほどに歪で吐き気がするほどに醜悪な塊。
それは長さにして2mほどで、全体的に淡いピンク色をしていた。
その表面は体内の器官であることを示す毛細血管に覆われ、所々から細く血が染み出していた。
そしてその先端には両刃の剣のような四本の白銀の牙。
と言っても血によって塗れたそれは傍から見て白銀とわかるものではなく、食事を済ました直後の肉食獣の牙そのものであった。
そんなものがザゴの口から出てきたのだ。
「ゲヒッ、ゲェッ……クケッ、どうよどうよォ……俺のファンタスマゴリア、『肉の本音』はよォ……グェッヘッ」
蛇が鎌首をもたげるように、あるいはばね仕掛けの玩具が縮むように。
牙と思わしき部分をこちらに向けて構えるザゴのファンタスマゴリア『肉の本音』。
歪にして醜悪。この世の美と正反対に位置するであろう肉の蛇。
それを口から吐き出したザゴは、しかしその窮屈そうな口元に反して意外と滑舌に変化は見られない。
「ひッ」
その見た目に息を呑むファルナ。
そっと前に出て彼女をかばうようにユニアが立つ。
「さっさと終わりにしようぜェ……俺も疲れた」
雨は止まずになお降り続く。
2012/04/15 00:45 No.142
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「なんだよ……あれもファンタスマゴリアだってのか……?」
「気を抜くな! 来るぞ!」
呆けていたユニアに対しユーカが大声で活を入れる。
確かにその言葉通り、ザゴが口から吐き出した『肉の本音』はうねうねとその身をよじらせ、真正面から突っ込んでくる。
どうやら森での戦いに慣れているカイやケイよりも手始めにユニアを狙ったようだ。
素早い身のこなしでそれを横っ飛びで避け、ユニアは受身を取る。
その間にユーカが動きを止めるべく、鉤爪と糸を巧みに操り、『肉の本音』を雁字搦めに縛り上げる。
糸に触れた部分から小さく裂けるような音と共に赤黒い血が噴出し雨に混じって落ちる。
その様に嫌悪感を覚えながらも、これでザゴと『肉の本音』の動きは封じたとばかりに向き直るユーカ。
「これで動けまい!」
「ヘッ……そんなだからッ! そんな単純だからお前らはァッ!!」
「!!」
『肉の本音』を吐き出した時のように、グイッと上を向くザゴ。それに吊られて『肉の本音』もまた天高く持ち上がる。
つまりそれはユーカの糸もまた吊られる対象であったということだ。
本来ならばユーカの『赤い砂時計』の糸は相当な距離を伸ばせるものなので、持ち上げられた時に糸を延長すれば良かった。
しかし捕縛するために糸を排出しないでいたユーカは、彼女もまた糸に縛られ宙に舞う羽目になる。
「一人目の心臓頂きィ!!」
「チッ!」
空中で身動きの取れないユーカに対し今度こそと牙を立て襲い掛かってくる『肉の本音』。
だがユーカは落ち着いてまずバタフライナイフを取り出して半回転させて刃を出す。
それを使って自らの糸を切り裂き拘束を解く。そして『肉の本音』の牙を切り裂くように弾き飛ばし、ギリギリのところで餌食になるのを回避した。
「ユーカさん!」
バランスが不安定なまま落ちてくるユーカを両手で受け止め抱えるユニア。
流石にバランスを崩した状態での着地はこの局面では命取りであると判断したからだ。
それでも出来てしまう一瞬の隙はカイとケイのチームワークでカバーする。
ユーカに注意がいっていた間に左右の茂みからの挟撃。普通の敵ならば回避しきれないだろう。
だがそこは脅威の身体能力を持つザゴ。飛び上がることで回避し、逆に『肉の本音』の攻撃対象を彼らに切り替える。
「そこを狙うのが私の役目ってね!!」
どれほどの身体能力を持っていようと空中で身動きが取れないのはザゴとて同じ。
それを射抜くべく遠距離からの攻撃を仕掛けるファルナ。
「フヘッ、なかなかやる!」
ザゴはカイとケイへの攻撃を諦め、『肉の本音』をファルナの側に丸め込み、防御体制をとる。
一瞬で盾の代わりとなった『肉の本音』にファルナの矢が突き刺さり、その部分から血が勢いよく噴出した。
「どうやら奴のファンタスマゴリアは私の『赤い砂時計』と似ているようだな」
「え?」
ユーカが呟くようにユニアに言った。
「私の『赤い砂時計』も自在に動かせるし攻撃されて痛みを感じない。あれとの違いは単純な戦闘力と数だろうな」
ユーカのファンタスマゴリア『赤い砂時計』は糸を放出し操る能力。
糸は指先から出すので計十本。それをそれぞれ手袋の先端にある鉤爪に結び付けて操作しているわけだ。
そのため攻撃手段は鉤爪と糸による切断で、どちらもある程度の装甲に対しては必殺の一撃とは呼びにくい。
代わりに糸は細く見えにくいため攻撃が見つかりにくく、奇襲に適している。
しかしザゴのファンタスマゴリア『肉の本音』の場合、喉の奥と繋がる蛇のような肉の塊は、最初から牙のような刃を持っている。
また筋肉を持っているかのようなその滑らかな動きはただ単純にぶつけるだけでもそこそこの効果はあるだろう。
そして糸と違い太く大きいためすぐさま防護壁として扱うことができる。これが利点だ。
「もっとも向こうは蛇でこっちは蜘蛛。同じ有毒生物とて一緒にはされたくないな……」
「あ、ああ……」
いつになく饒舌なユーカに少し面食らうユニア。
その理由はすぐにわかることになる。
「さて……悪いがそろそろ下ろしてくれないか。この歳でずっと抱えられたままというのもこちらとしては少々恥ずかしいのだが」
「……あっ」
腕にユーカを乗せたままだということに気づき、赤面するユニアであった。
2012/04/15 23:40 No.143
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「この……化け物が!」
カイがいくら斬ろうと、ファルナがいくら射ようと、その前では無力。
それほどまでにザゴのファンタスマゴリア『肉の本音』は強力であった。
いや、ファンタスマゴリア自体が強力なのではない。
ザゴの扱い方と身体能力があるからこその強さであった。
もし彼が自らのファンタスマゴリアの扱いに慣れていなければまた結果は違ったかもしれない。
馬鹿と鋏は使い様とはよく言ったものである。
その時は雨が降っていた。
ドロイトは怪我人の救護のため一旦戦線を離れていた。
ユーカは鉤爪が繋がる糸を切断したため離れた場所で待機していた。
ユニアとファルナはひたすら敵の隙を見つけることに必死になっていた。
ケイはサーベルを横薙ぎに渾身の一撃を叩き込むべく構えた。
「止まない雨なんてないよね」
どこかで誰かが言った。
ケイが振り抜いた刃がザゴにかわされる。
それは一瞬の致命的な隙を晒すことになった。
『肉の本音』とケイの距離、おおよそ数mだが一瞬で飛びかかれる『肉の本音』には充分すぎる間合い。
遅すぎたのだ。
何もかも。
『肉の本音』が真っ直ぐに胸を捉え――
心の臓を通り越し背中までを貫いた。
2012/04/17 01:32 No.144
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
理解など出来ない。
そう簡単に理解できたら苦労はしない。
雨が降っている。
なぜかわからない。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
ただ雨が降っている。
「ヒヒッ、生の心臓……いただきィ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
血に濡れる体。
空っぽの肉体。
何かが消えた。
彼の中から。
『肉の本音』についた牙の先端はケイに届いていた。
ただそれは体を貫くには至らない。何故か。
庇ったのだ。
カイが。
ケイの目の前で。
カイは口からごぽりと大きな血の塊を吐き出し、四本の刃に貫かれたまま濡れた土に落ちた。
ケイの体に先端だけ触れた牙がカイの体に引きずられて皮一枚だけを裂く。
血の塊は泥の中に一瞬で溶けて、ぐしゃりと音だけを残して消えた。
その場にいた全員の時間が止まる。
「ハハ……みっとも…………ねぇ……な……かっこつけようとしてこれかよ…………情けねっ……ぇ……」
「兄さん!! 兄さん!!!」
『肉の本音』がカイの体から無造作に引き抜かれ、その体に大きな穴を空ける。
その傷跡と呼ぶにはあまりに惨い物は、ユニアとユーカが見たバロテスの遺体にあった穴と同じものであった。
ケイがカイの体を血で汚れることにも構わず抱きしめる。
「ごめんな……ケイ……一緒に……いられなく、なっちまった……」
「兄さん……」
手が震え、声は掠れる。
呼吸もままならないのか、ひゅうという音が絶え間なく流れる。
「ケイ……お前は……生きろよ…………俺みたいな奴に……なるんじゃねぇぞ…………」
「わかんねぇよ……どういうことだよ、兄さん……!!」
その問いには答えず、カイは力を振り絞ってユニア達一行に顔を向けた。
「悪ぃな……旅人さんよぉ……報酬、俺の財布から取っといてくれや…………最後まで、迷惑かけたな……」
「カイさん……」
空を見るカイ。
その目に光は無く、雨粒が入っても何の反応も示さない。
「……故郷で弟に看取られて死ねるなんざ……俺は幸せもんだよな……父さん、母さん…………」
罰が当たったのかもしれない。
天命だったのかもしれない。
だがそれでいい。
「…………俺は…………幸せだった…………よ……………………」
ラース暦137年のとある雨の日。
カイ・ガックル・フォーンズは24歳にてその命を終えた。
悪魔と魔物に翻弄され世界の変革に固執した彼の人生は、少なくともその最期は彼にとって幸せなものであったのだろう。
なぜなら、彼自身がそう言ったのだから。
2012/04/18 00:35 No.145
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「ゲッ、ガ、ゲ、グァァァァ!!」
カイの心臓を貫いたザゴが突然呻き出し、もがき苦しみ始めた。
降りしきる雨の中、地面を転げまわって叫ぶ。
「ゲッ、チ、チクショウ……なんだコイツッ、なんだコイツ!? コレ心臓じゃねェッ! 心臓じゃねェッッ!!」
自らの喉を引っかき必死に咳き込む。
吐瀉物を撒き散らし、その場で足掻く。
「ゲホッ、ェ゛ェ゛エ゛、ヂグショウ゛……ゴブェ゛ッ、クソッ、引き上げるぞ!!」
そう叫ぶや否や、ザゴはそばにいた魔物の角をしっかと掴み、さらに『肉の本音』を絡ませて自らを固定する。
そのまま魔物に撤退の指令を出し、去ろうとする。
「よくも……よくもォォ!!!」
敵討ち。
そのためにサーベルを振り上げるカイ。
しかしそれを止める人物がいた。
ユーカである。
「放せよ……放してくれよ……!!」
「落ち着け。もう終わったんだ。今更追っても無駄な犠牲を増やすだけだ」
その言葉には、もう人死は見たくないとの思いが込められていた。
そしてケイを見つめる瞳。
ユニア、ファルナ、ドロイト、村の皆。
彼らがケイを見ていた。
魔物は撤退の命令ですべて去った。
フィーム村には平和が戻ってきた。
だがいくら平和が戻ってきても、戻ってこないものもあった。
ユニアはこの旅で、初めて「敗北」を知ることになる。
雨はまだ降っていた。
2012/04/19 00:49 No.146
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
その夜。
ケイは黙々と父母の墓のそばに穴を掘って、そこに兄の遺体を埋めた。
そして手頃な木の板を二枚重ねて打ち付け、小さな墓標を増やした。
ザゴに殺された二人の遺族もまた同じように墓標を増やした。
誰も一言も発せず、その作業は終わった。
その後家に帰ったケイは、カイのいた部屋の掃除をすべく彼の部屋へと向かう。
そこで見つけたのは一通の手紙。
内容はカイからケイへと宛てられた物だった。
「 親愛なる我が弟 ケイ
俺はこういう手紙を書くことには慣れていないことを先に断っておく。
お前がこれを見ている頃には、俺はもうこの村にはいないだろう。
まずはお前に黙って村を出たことを許して欲しい。どうしてもやりたい
ことがあったんだ。いつも身勝手で迷惑をかける兄を許してくれ。
もうお前も十八だ、分別くらいつくだろう。
この際だからはっきり言っておきたいと思う。
俺は多分この村に戻ることはない。旅の途中で死ぬことになるだろう。
魔物に殺されるか悪魔に殺されるかのたれ死ぬかはわからないが。
きっとお前はやめろと言うだろう。だから俺はお前に知らさず行く。
次お前に止められたらこの決意が失われてしまうような気がしたからな。
俺だって本当は行きたくない。けど俺にはやらなきゃいけないことがある。
それが何なのかはお前は知らないだろうし俺も教えない。俺は勝手だから。
だがこんな俺でもひとつだけお前に言ってやれることがある。
いいか、お前は絶対に俺のようにはなるな。
お前はお前の好きな道を選んで歩け。
俺は不器用だからこんなことしか伝えられない。
機械弄りが好きでファンタスマゴリアまで持って。
覚えてるか? 俺が心臓病に気付いて必死で機械の心臓を作って
自分で移植したこと。あんなことまで出来るのに不器用だぜ。
話が逸れたな、とにかくだ。
お前は好きに生きろ。お前の人生はおまえだけのもんだ。
最後まで身勝手なことを、と思って笑ってくれ。
そんでたまにはこんな馬鹿な兄がいたことを思い出してくれ。
じゃあなケイ。達者でな。
カイ・ガックル・フォーンズ 」
ケイは泣いた。
もう誰もいないその場所で。
ケイは泣いた。
2012/04/20 00:24 No.147
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
同時刻。
ユニアはケイに借りている部屋のベッドにうつ伏せになって埋もれていた。
普段のユニアならばそのまま眠りこけていただろうが、今回は違う。
肉体的なダメージは疲労くらいで、外傷もドロイトの治療ですぐに治った。
しかし彼もまた、精神的に苦しんでいたのだ。
なにせ目の前で仲間が一人殺されたのだ。
カイ・ガックル・フォーンズ。
陽気で気さくな、頭脳と力を併せ持つ火の民の男。
たった数日間とは言え、ユニアには彼と共に過ごした日々があるのだ。
『俺はカイ。カイ・ガックル・フォーンズ。この町の外れに住むくだらない男さ』
『俺の作った人力で動く機械の馬だ』
『……俺にはな、夢があるんだ』
『俺は……悪魔をぶっ殺す。そんでもって、人間だけの平和な世界を取り戻すんだ』
『…………俺は…………幸せだった…………よ……………………』
「カイ……ッ」
知らぬうちにユニアの目からは雫が零れ落ちていた。
ベッドのシーツを強く握り締める。意味が無いことと知りつつも。
後悔。自責。悔やんでも悔やみきれない重いだけが募る。
そんな時、ドアが叩かれた。
「私だ。入るぞ」
声の主はユーカ。
ユニアの返事も聞かず、半ば強引に部屋へと入ってくる彼女と、しかしユニアは視線も交わさない。
「君のことだから、きっと落ち込んでいるだろうと思ってな」
「…………」
ユニアは顔をあげようともしない。
そんな彼を見て、ユーカはそっとそばの椅子に腰掛けた。
「私も、クルカ様を失った時、同じように落ち込んだことがあるよ」
「あ……」
ユニアがベッドから顔を上げた。
彼女は守れなかったのだ。王女を。命をかけて守ると誓った女性を。
「だから私もそうやって塞ぎ込むのを止めはしないさ。だがいつまでもそうやっているわけにはいかないだろう」
「…………」
確かにここは借りている場所だ。
そしてカイのいなくなった今、ただの旅人であるユニア達をケイが何日も泊めてくれる保障はどこにも無い。
「ただでさえ君の記憶の件は振り出しに戻った。なら即座に行動すべきだと私は思うがね」
「俺は……どうすればいい……?」
そんな問いかけに、ユーカはただ彼の肩に手を置き、呟く。
「ユニア、今は君が我らの隊長だろう? 君の道は君が『選択』するんだ。私達はそれに従うよ」
夜は更けてゆく。
2012/04/21 02:14 No.148
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
翌朝。
昨日の雨が嘘のように澄みきった空。
虫は朝早くから日の光を浴びて暑苦しいと抗議の声をあげ、森は水を吸い余った分は天に届けとばかりに乾かしていた。
「いい天気だな」
「……ああ」
悪夢の一夜が明け、そして悲しみを乗り越えたユニア。
またファルナも同じく、己の意思で立ち直った。
最もカイの死を気に病んでいたのは、実はドロイトであった。
彼には人を治療するファンタスマゴリアがあるのに、死者はどうやっても生き返らすことが出来ない。
そういった自責の念がある一方で、ユニアやファルナよりも大人としての責任がある点が、なんとか彼を救ったのだ。
「もう出発の準備は出来たのか?」
「ああ、ユーカさんのお陰で何とか立ち直れたよ」
本当ならばもうしばらくは留まっていたいだろう。
だがここにいてはその心の傷が癒されることはない。
そしてユニアの記憶が戻ることもないのだ。
「次はどこに向かいましょうか?」
「んー、これ以上東に行くことはできないし、特に手がかりも無いしね……」
ユニア達一行は、というよりユニアの行動指針は今のところ、図らずとも例の「とっても親切なジェントルマンさん」の言葉に従っていた。
ガナンツに入国し、イリフの森まで導かれたのは彼の助言あってこそだ。
それ以外の場所ではなんらかの指針や目的があった。
しかしここから先、その指針となるようなものもない。
惰性で東に進むことも、既にイリフの森はイグナの最東端にあり、これ以上東に進むことはほぼ不可能だろう。
「私の意見は昨日言ったとおりだ。ユニアの意見に賛同する」
「ま、私もユニアについていくって決めた身だしね。ユニアが決めてよ」
「僕は……言うまでもありませんね。ユニアくん達に着いて行きます」
全員の意見が一致。
ユニアはため息をつく。
「結局俺任せかよ……そういうの『優柔不断』って言うんじゃなかったっけか?」
「違うわよ。こういうのは『付和雷同』っての」
「……さいですか」
くすりと笑うドロイト。
「……そうだな、まずはダイネルに戻ろうと思う」
「一応聴こう。理由はあるのか?」
ユーカの問いにユニアが答える。
「別にないが……強いて言うなら、あのシルクハットの男がまだいるかもしれないと思ってさ」
「そう言う君も『付和雷同』じゃないか」
「あっ……」
再び微笑ましく口端をあげるドロイト。
「だがあながち間違った案とも思えないな。第一私は君に決定を委ねたんだ、従おう」
「同じくー」
「決まりですね」
2012/04/22 00:12 No.149
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「ちょっと待った」
その時、一行に声をかける人が一人。
ケイである。
「あ……」
途端に気まずくなるユニア達。
彼は昨日唯一の肉親である兄を失っているのだ。
だが彼の顔はそんなことを微塵にも感じさせぬほど晴れやかだった。
「旅人さん達はもう出発かい?」
「あ、ああ……そのつもりだよ」
ケイはそれを聞いてふっと微笑んだ。
そして空を見る。雲のない空。
「悪かったな、あんな騒動に巻き込んじまって。本当にすまなかったよ。兄さんの代わりとしても謝っとくよ」
「あっ、いや、そんな……」
「それとわざわざ兄さんの我が侭に付き合ってもらって、こんなとこまで来てもらって……旅人さん達にゃ感謝してもしきれねぇや」
照れ隠しのつもりか、ケイはへへっと笑いながら鼻を擦る。
「それでさ……突然なんだけど……」
「俺も旅に出ることにしたんだ」
「えっ?」
ユニア達が驚くのも無理はない。
昨日あんなことが起こった直後だ。
そしてケイは兄カイのように冒険心や、特に旅に目的を持つ人間ではない。
だがそんな些細な疑問などたちどころに霧散させるほど大きな理由がケイにはあった。
「実は兄さんが……手紙を書いてたんだよ。俺宛てに」
「手紙?」
「ああ、そんでそこには、また旅に出る旨が書かれてた。もし兄さんが生きてても、どうやらここからはまたいなくなるつもりだったらしい」
ユニアは知っていた。
カイが再び旅に出ようと思ったわけを。
弟を連れて行くのは忍びなく、またできないと考えたようだ。
「だから俺も……兄さんがそこまで旅に拘った『理由』を探したいんだ。そのために俺は旅に出る」
「なるほどな」
腕組みをしたままユーカが頷いた。
「それじゃ、俺達と一緒に行くか?」
ユニアの問い。
一行の中に反対するような人間はいない。
だが
「いや……悪いけど、しばらくは一人旅の方がいい」
それを断ったのは当の本人ケイであった。
「俺の実力じゃあんたらの足を引っ張るだけだろうし、それより俺はまだ外の世界を何も知らない。一人で気ままに旅をするさ」
「そうか……」
ケイの腕ならば多少の魔物相手に引けはとらないだろう。
それに手探りの一人旅と言うのもそれはそれでありだろう。
「それに俺には……」
ケイが持ち出したのは鍵。
「兄さんの残してくれた鉄の馬がある。こいつがあればなんとかなるだろ」
それは兄が弟に残した形見だった。
やがて森を抜けた一行は、数日間預けておいた馬舎の持ち主に礼を言い、馬二頭とカイの作った鉄の馬を引き取った。
「これでお別れだな」
「ああ、本当に世話になった」
ケイが鉄の馬に鍵を差し込む。モーターの駆動音が微かに聞こえた。
「ま、運が良ければまた会えるかもな。この世界って案外小さいもんだぜ」
「なんか何度も会ってる男の人もいるしね」
そんなユニアとファルナの言葉を聴いてケイはにっこりと微笑んだ。
「じゃあな旅人さん。また会おう!」
「ああ、元気でな!」
こうしてこの世界にまた一人旅人が増えた。
彼の進む道は果たしてどこに繋がっているのか。
それがわかるのはただ神のみである。
遠ざかってゆくその背中を、ユニア達はじっと見つめていた。
2012/04/24 00:17 No.150
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
三日間かけてダイネルまで戻ってきた一行は、前回と同じ宿に泊まるのもなんだということで、似たような別の宿を選んだ。
そこで軽く話し合いの場を設け、これからの活動に関する話をする。
「さて、戻ってきたはいいが……」
どうしたものか、と考え込んでしまうユニア。
「もう一通りガナンツ帝国も東西に往復したんだ。南北にはまだ行っていないが……」
「僕は南東のキリの都へ行きたいですね。あそこの国立図書館はガナンツでも有数だとか」
「私はナトルナムに行くべきだと思うがな。技術の発展したあそこなら物が色々揃ってる」
「それなら北のアイック村なんかどう? 美味しい魚の獲れる港で有名だよ」
ファルナだけ見当違いのことを答えるが、特にあてがないのは全員同じであった。
「まあどっちにしろ行くあては……」
「お困りかい?」
「!!」
突然部屋の入り口、扉の外から声がかかる。
つい条件反射でサーベルの柄に手を添えるものの、その声には聞き覚えがあった。
「あんた……」
「や、久しく」
ノック三回、入室許可も出していないのにずかずかと部屋に入ってくる男。
金髪シルクハットにノーネクタイスーツ。一度見たら忘れられない。
「やっぱりまだこの街にいたのかよ」
「まあね。色々散策はしてたけどさ、また戻ってきたんだよ」
そしてまたもや何も言わずにユニアの隣に座る。
初対面であるドロイトはそのあまりのな馴れ馴れしさに呆然。
「あの、この方は……?」
「あ、ドクターは初対面か。なんかよくわかんない変な奴だ。俺達の……味方、なのか?」
「変な事を聞くね。もし敵でも味方って答える男だよボクという存在は」
「ああさいですか……」
呆れた様にため息をつくユニア。
「で、何の用だ? またどこそこへ行けって話じゃないだろうな」
「いやぁそんな話を持ってきたんだけど外から聞こえた話じゃ行くあてがなさそうだからね、意地悪なボクとしちゃそのまま帰ろうかと」
まったく人を苛立たせる天才である。
「まあそんな怖い顔しないでさ、冗談だよ冗談。ほんとそういうとこは昔から変わんないな」
「昔からだと?」
「フフ、まあね」
この男はやはりユニアの過去を知っている。間違いない。
「というわけで今回のボクの話は朗報だよ。きっとキミ達も喜ぶんじゃないかな」
「いいからさっさと言えよ、次に俺達はどこに行きゃいいんだ?」
話を聞かない金髪の男。
しかし次の男の言葉はさっきまでの行くあてがどうとかいう問題を吹っ飛ばすものだった。
「キミの記憶の手がかりになる人物に接触する場を設けたって言いたいのさ。ボクはね」
2012/04/25 01:34 No.151
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「……どういう意味だ」
「フフ、言葉通り受け取ってもらって構わないよ」
シルクハットの男は足を組みなおし、にやりと笑う。
「……で、そいつはどこにいるんだよ」
やや焦ったような様子のユニア。
努めて平静を保とうとしている分逆に違和感が浮き彫りになっている。
「気になる? ボクの正体なんかよりやっぱりそっちの方が気になるんじゃんかネェ」
いつもと同じノリの男だが、今回ばかりは勝手が違った。
ユニアにもファルナにもユーカにも、目に冗談の色が無かったからだ。
適当に茶化したようにカイへの協力を勧められた結果を覚えているからだ。
ため息をつく男。
「仕方ないね。一度しか言わないからよく聴いておくようにね」
「今日から数えて一週間後、ナトルナム王国にある街、ランダロンダに一人の情報屋がやってくる。
そいつは三日間ランダロンダに滞在しているから、それまでにそいつに話を聴け。以上だ」
「情報屋……?」
情報屋とは、あらゆる類の情報を糧に商いをしている旅商人のことである。
情報と言ってもあなどるものではなく、例えば物価や戦争の話になると、たったひとつの情報が途方もない大金や命さえ動かすのだ。
「そいつは『超特急』の通り名で呼ばれる超有名な情報屋でな――」
「あ、聞いたことがあります」
ドロイトが口を挟んだ。
「以前レムート村までいらっしゃった怪我人にその話をされていた方がいました」
「ほう、知っているなら話は早いな」
男は立ち上がり、真っ直ぐに入ってきた扉へと向かう。
「何にせよキミが記憶を取り戻したいと願い、その選択をするならばボクはそれに従おう。長いものには巻かれろってね、フフ」
言いたいことだけ言って男は去っていった。
しかし何にせよ、収穫。
「ランダロンダはナトルナム王国の中央から北にある街だ。向かうならここから南東の国境橋を越えるのがいいだろうな」
ユーカの言葉で方針が決まった。
次なる目的地はナトルナム王国。
兎にも角にも、ユニアは自らの記憶へと一歩前進したのである。
2012/04/26 01:05 No.152
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「ぁんだって!?」
それから三日後。
ガナンツとナトルナムを繋ぐ大きな橋。
そこでユニア達はかつてない未曾有の危機に瀕していた。
ガナンツ側の入り口にあった立て看板。そこに書いてある言葉を要約すると、次のようになる。
”先日橋上にて魔物による暴動事件があったため、橋の一部が壊れているため、現在修理中のためご利用できません”
「これは……困ったことになったな」
「どうしよ……」
ガナンツとナトルナムの間は巨大な河川が流れているため、橋を使わずに行き来することは不可能。
川の中には魔物もいるだろうし、流石に泳いで渡ることはできない。
探せば渡しの舟くらいあるだろうが、馬を一緒に渡らせることはできないだろう。
馬無しでランダロンダまで残り七日以内。そんなものは無茶が過ぎる。
またガナンツとナトルナムを繋ぐ橋はここにあるものが唯一である。
元々かつては戦争をしていた国同士、そして今も同盟こそ結んだものの魔物が消えればどうなるかわからない。
お互いにいつでも警戒できるように国を繋ぐ橋は一本しかないのだ。
サーブルとガナンツの国境バヤナや、サーブルとナトルナムの国境サゾンも同じ理屈である。
「となると方法はふたつだな」
ユーカの提案に耳を傾ける一行。
「ひとつはこのまま川を下ってイリフの森まで行き、そこからナトルナムに入国してから戻ってくる方法」
イリフの森は西を川、東を海で囲まれていて、まさにイグナにおける孤島のような特殊な地形をしている。
まず火の民の集落フィームの辺りまで行き、そこから森を通って南下して、森の中で国境を越えてから橋を渡って平原に戻るという道。
「しかしそれは難しいかもしれませんね……」
ドロイトが口を挟むが、もっともなことだ。
一度ユニア達はイリフの森に入る際、馬から降りている。
それほどまでに鬱蒼と茂った大森林だ、南下するだけとは言え馬で行くには日数もかかるだろう。
「となるともうひとつの方法……」
ユーカがごきりと首を鳴らした。
「川を上っていって、馬で渡れるほどの浅瀬を探す。これしかないだろう」
もしくは水源よりもさらに西から山越えをしてもいい、とユーカは続ける。
山は馬にとって確かに厳しい地形だが、走破できないわけではない。
森を突っ切ったり泳いで渡るよりかは幾分かマシな方法と言えるだろう。
それにランダロンダはナトルナムの中央北にある。ここからだとかなり西だ。
わざわざ東の森に向かうより充分実用に足りる案だ。
しかしそれでも完璧とはいえない。密入国だし(このご時勢に気にする人物はまずいないが)、魔物に襲われる危険性もある。
「だがそれでも、行くしかないな」
橋までの移動に三日もかけたのだ。
タイムリミットまで残り七日、善は急げである。
「決まりだな」
2012/04/27 01:28 No.153
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
その頃のダイネル。
露天で賑わう表通りを一人の老婆が歩いていた。
風呂敷包みを両手で抱え周囲に目を光らせ、高価なものを運んでいることが明白である。
老婆は表通りをさらに進み、そこから裏の通りに入った。
そんな老婆に何気なく近づく男が一人――
一瞬であった。
ほんの瞬き一回、そんな刹那に老婆は男に蹴倒され、地面に転がる。
そして彼女の荷物は男の手に渡っていた。そのまま通りを駆け抜ける男。
「も、物取りじゃ! 誰か、誰か助けとくれ!!」
懸命に立ち上がり、追いかけようとする老婆だが、転ばされた時に足を挫いたのか、走ることもままならない。
また仮に普通に走れたとしても、老婆の足で若い男の走る速度に追いつけるとは到底思えない。
「だ、誰か……」
老婆は叫ぶが誰も耳を貸さない。
露天商の声の方がはるかに大きく、また誰も彼も自分のことばかりで裏通りの一人の老婆のことなど気にも留めない。
「…………」
遠ざかる男の背中を見て、彼女の目から悔し涙が流れたその時である。
老婆のすぐ脇を黒い弾丸が通り抜けた。
いや、弾丸ではない。弾丸はあれほど大きくない。
人よりも大きな黒い塊が、弾丸のようなスピードで走り抜けたと形容するのが正しい。
その速度たるやそばの建物の窓がビリビリと震え、道の端の埃が巻き上がり煙のように辺りの光を隠す。
「おばあさん、大丈夫?」
それと同時に老婆のそばに現れた一人の少女。
色素の薄い髪はほんの少し青みがかっており、丸くてきらきらと無邪気に輝く瞳はこれまた薄いブルー。
少し煤けたやや厚手のワンピースは清純さが際立つ白、肌も血管が透けて見えるほど薄く白い。
年の頃にして十代後半か、しかしそれにしてはやや小柄なその少女は、子供のように老婆の目を覗き込み尋ねた。
「え、あ、ああ……」
やや呆気にとられる老婆。しかしそれどころではない。
荷物を奪った男は相変わらず逃げ続けて……
「え……?」
「あ、うぁ、わぁぁ!!」
「バゥッ、ガルルルルルル……ガァァッッ!!」
男は地面に仰向けに転がっていた。
そしてその上に覆いかぶさるように乗る獣。
狼のように見えるが、その大きさは狼のそれではない。
まるで馬。まるで獅子。それほどまでに大きく、そして漆黒の毛に包まれた獣。
それは牙を剥き出しにし、男に覆いかぶさって、その真紅の瞳をぎらつかせ吠え立てていた。
そして鋭い牙で男の持っていた風呂敷を奪い取ると、背後に飛びのいて男を解放した。
「ひっ、ひぃぃぃ……」
尻尾を巻いて逃げていく男。尻尾を振って老婆と少女の方へ駆けてくる獣。
「ガゥッ、ガウッ」
「お疲れさま、アヌビス」
少女は獣の頭を撫で、そして風呂敷包みを受け取った。
「はいこれ。この辺りはさっきみたいな悪い人もいるから、注意したほうがいいよ、おばあさん」
「えっ、とりかえしてくれたのかい……? なんとまぁ優しい子だろうねぇ……ありがとう」
老婆は黒い獣の姿に驚き恐れながらも礼を言い、裏通りから去って行った。
2012/04/28 02:08 No.154
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「まったくキミは優しいねリジャヤ」
「あ……マスター!」
残された少女と黒い獣の前に突然現れた青年。
黄色いウェーブの髪にノーネクタイスーツ、シルクハットが印象的な男は、リジャヤと呼んだ少女のあたまをぽんぽんと撫でた。
嬉しそうに目を細める少女。
「キミは私がこれまで知り合った女性の中で最も心優しく思えるね」
「そんな……からかわないでくださいよマスター。私はただ」
「困っている人を助けただけ、かい?」
少女は少し困ったような顔をして眉をゆがめる。
大人の男に小さな少女、巨大な獣とあまりにも不釣合いな三者。
すると黒い獣が突然なにやら吼えた。
「え、アヌビス? なんて?」
アヌビスと呼ばれた獣はもう一度吼える。
「ハハ、まぁマスターがこうやって出てくることもあるんじゃない?」
「そういうことだ。というわけでキミ達二人に仕事だよ」
仕事、と聞いてリジャヤは楽しそうに、アヌビスは気だるそうにそれぞれ構える。
「『奴ら』の一行はこれから南の山へ向かう。そこに行って始末して欲しい」
それを聞いたアヌビスがバウッと一声吼えた。
「要するに『奴ら』を全滅させればいいんでしょ? 簡単簡単」
「飲み込みが早くて助かるよ。ボクの知り合いには自分勝手で仕事そっちのけなのも多くてね」
リジャヤが不思議そうに首を傾げる。
「マスターって人徳ないの?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……」
ばつが悪そうに苦虫を噛み潰したような顔をする男。
そんな彼を見てリジャヤはぷっと笑った。
「マスターは心配しなくて大丈夫ですよ。私とアヌビスがしっかりやりますから」
「フフ、頼りにしてるよ。ああそれと」
男はさらに続ける。
「あの山には土の民の砦がある。土の民は強く数も多い。注意することだ」
「数? 数だってアヌビス」
「グルルルルル……」
唸ったと思うと突然アヌビスが遠吠えをあげた。
その声は都中だけでなく、その周辺の村にまで響き渡ったという。
「数なら私達二人に敵う敵なんているんですか? お望みならこの街でも落としてみせますよ」
「フフ、これは無駄な忠告だったようだね。なんとも頼もしい」
リジャヤは口端をあげて微笑む。しかし今度は先ほどまでの無邪気な笑みとは違い、邪気を含んだ笑み。
アヌビスも目を爛々と輝かせ、リジャヤのそばに控える。
「それじゃあ行ってきますね。『滅びの運命』だかなんだかよくわかりませんけど、そんなの私達が消してきますよ」
「まったく流石だよリジャヤ。キミはとても優しい。そして――」
「それ故にとても残酷だ」
リジャヤはすぐ隣にいたアヌビスの背中に飛び乗ると一声。
すぐさま弾丸のようなスピードで路地を通り抜け、ほんの数瞬でその姿を消した。
2012/04/28 11:16 No.155
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「そう言えば……」
川に沿ってひたすら西に向かう一行。
イグナの中央にT字型に鎮座する大山脈から東に流れる川は、ガナンツとナトルナムの国境の代わりになっていると言っても過言ではない。
また北に流れる川はサーブルとガナンツの国境になっており、大山脈自体はサーブルとナトルナム、そして南西の砂漠地帯を分けている。
つまりイグナにおける国境とは基本的に自然的国境である。
橋を出てからおよそ一日半、日も暮れて気温も下がり野宿できる場所を探していた頃、ユーカがファルナに声をかけた。
「私達はダイネルで武器を揃えたが、ファルナの弓はどうしてるんだ?」
「ああ、弓は自分で作ってるの。今のも村を出てから三本目かな」
ポーチから弓を取り出して事も無げに答えるファルナだが、ユーカは目を丸くする。
「驚いたな。あれほどの武器をまさか自分で……」
「んー、そろそろこれも痛んできたし、そろそろ新しいの作ろうかな」
「それは是非見せてもらいたいな。興味がある」
そんな時、ちょうど山のふもとの森林の中に小さな広場を見つけた。
川もすぐ近くにあるし、その場にテントを張って焚き火をおこす。
もう慣れたものでほんの十数分で完成させ、焚き火を囲んで食事をする。
そしてファルナは携帯食料を食べ終えると、そばにある木を観察し始めた。
「何してるんだ?」
「弓に合った木を探してんのよ。この辺は弓の材料にしやすいエカトの木が群生してるから助かるわ」
それを聞いてユーカも立ち上がり、ファルナのそばでその観察を見守る。
ユニアはいつものことだと傍観し、ドロイトはまるで父親のように二人を見守っていた。
やがてファルナは一本の木に目をつけ、ナイフを取り出す。
そして木の根に足をかけ、ぐっとジャンプし幹の上の方に切り込みを入れる。
そのまま根菜の皮を剥くようにナイフの刃を下に向けると、するすると綺麗に外側の樹皮が剥がれた。
「うん、いい感じ」
次にファルナは手頃な石を拾ってきて、長さ2m幅10cmほどの長さの先ほど剥いた樹皮をその上に置く。
そして今度はポーチから金槌を取り出し、石の上で樹皮を力強く叩き始めた。
「今度は何を?」
「水を抜いて頑丈にしてるの。本当はしばらく干すのが一番なんだけど、旅の最中じゃそうもいかないからね」
全体的に叩き終わったら、今度はナイフで余分な部分を削り落とし、形を整える。
そしてそれを手に焚き火の方へと向かい、そのそばに座り込んだ。
「ちょっと失礼」
ユニアとドロイトに声をかけて退かせる。ユニアは隅の方でサーベルを研ぎ始めた。
木の中央を火の中に入れ、燃やすのではなく炙るように動かす。
ジリジリと音がしたまま時間だけが過ぎてゆく。
そのうちユニアがサーベルを研ぎ終わった頃、火から取り出して炙っていた部分に軽く息を吹きかける。
熱によって柔らかくなった木は、ファルナが力を込めるとぐっと曲がり、弓らしくなった。
「おお……」
「あとは」
先ほど削った部分のうち使えそうな木を纏めて新たにポーチから取り出した糸で縛り上げる。
そしてナイフを使って木の両端に切れ込みを入れ、そこに糸を結んで完成。
「ファルナちゃん特製即席弓、かんせー!」
「これは……すごいなファルナは」
「どう? 見直したでしょ」
おだてるとすぐ調子に乗り、ない胸を張るファルナ。しかしユーカは心底感心していた。
「それじゃ試し撃ちは明日にして、今日はもう寝よっか」
「そうだな。明日には川も越えられるだろう」
性格は真逆と言ってもいいのに、なんだかんだで息の合う二人であった。
2012/04/29 19:55 No.156
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「で……」
川は上れば上るほどに狭くなり、最初は向こう岸も見えないほどの広さだったものが、今では馬の跳躍四、五回程度で向こう側に渡れるほどになっていた。
しかし深さは逆に谷のようになっている部分が多く、渡ることはとうていできそうもない。
だがこれ以上川に沿って上流へ向かうとなると
「結局山登りか……」
幸い大山脈の東側は岩石地帯が多く木々が少ないため馬でも余裕を持って通ることが出来る。
しかしユニアの憂鬱はそんなことではない。
自分の記憶の手がかりがすぐ近くにあるというのに遠回りをしなければならないもどかしさ。
目の前に美味しそうな肉があるのにお預けをくらっている犬のような心持ち。
「すまないな……山に着くまでには渡れると思っていたのだが、当てが外れた」
「いや、ユーカさんのせいじゃないさ。気にしないでくれ」
「……ですが、うかうかしているわけにもいきませんね」
ドロイトの言うとおり、あの例の男から話を聴いてからもう五日が経過している。
男の話ではその「情報屋」がランダロンダに滞在しているのは七日後から十日後までの間だと言う。
つまり残された猶予は半分しかないのだ。
「そうだな。こんなところで止まっている訳にはいかない。行こう」
そしてユニア達は歩みを進める。イグナ大山脈へと。
イグナ大山脈
イグナの中央から南西にかけてT字型に成る山脈群。特に名称はなく、イグナ大山脈、あるいは単に大山脈と呼ばれる。
イグナに存在する山と呼べるものは(丘や高地などを除けば)この大山脈か、ガナンツ帝国北部にある連山くらいである。
東の端付近からは現在ユニア達一行が遡っているガナンツとナトルナムの国境の川が流れ、それが途中で南北に分岐してイリフの森との境を形成している。
さらに中央近くからは北に延びる河川があり、サーブルとガナンツの国境となっている(サーブル共和国のバヤナ村はこの川の途中にある)。
T字型の上部、東西に延びる部分はサーブルとナトルナムの国境になっており、またT字の交点の盆地にあるのが国境のサゾン村である。
大山脈南西部は一応ナトルナム王国に属するものの広大な砂漠地帯となっており、ナトルナム王の命の元閉鎖されている。
ちなみにユニアやファルナが旅立ったシルム村はこのT字の最西端であり、ファルナの狩場もこの山の一部であった。
「っ……ユニアくん、大丈夫ですか?」
「ああ、一応な」
結構急な斜面を馬で登っていく四人。
旅の道中でひたすら馬を操る方法を身につけたユニアの技術は、もはや過去乗ったことがあるくらいのドロイトよりも確実に上達していた。
ユニアの豪快で力強い手綱捌きと、ユーカの繊細で洗練された手綱捌きによって着実に歩を進めていく。
しかし馬のタフネスもなかなかに大したもので、さすがはサーブル共和国のお墨付きだと笑う一行。
岩の道は意外とすぐに終わり、そこからは緩やかで馬にとって最も歩きやすい硬めの砂地になった。
嬉しそうに鼻をふるふると震わせ駆け出す二頭の馬。
「おいお前ら。ちょっとそこで止まりな」
そしてそれを静止させる人間が三人。
2012/04/30 23:03 No.157
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
「な……ッ!?」
突然岩陰から出てきてユニア達を取り囲む三人の人影。
いや、本当に人であろうか。その者たちはそろって見た目があまりに奇妙であったのだ。
確かにそれは「人型」ではある。しかしユニア達と同様の特徴がなかなか見当たらない。
手足がある。これは正しい。二足歩行。これは正しい。
発声器官を持つ。これもさきほど声を出したことからわかる。
武器を携帯している。見る限り最前に出てきた者は剣を、他の者は棍棒をそれぞれ持っている。
だがその他があまりにも違いすぎていた。
最前の者は全身が焦げ茶色一色、後ろの二名は茶色一色で、布を身に纏ってはいない。
しかし外見は肌のように柔らかくなく、どちらかと言うと魔物の持つ外殻のような、あるいは鉱物のような光沢のある硬質の物体で覆われている。
顔は全員少しずつ異なるものの、全体的に棘々していて角のように見える場所も何箇所かある。
目のように見える部分は亀裂のような穴があるが、それだけである。鼻や口も同様。
手の爪は尖っているが、火の民のそれとは違い、指全体が巨大な針のようになっていた。
「あんた達は…………まさか土の民か?」
「ユーカさん!?」
前にいる焦げ茶色の男(のように見える者)が驚いたように顔を傾げた(気がした)。
「知ってんのか。まあいい、とにかくお前らは侵入者だ、着いて来い」
「ちょ、おい、侵入者って……!!」
抵抗しようとするユニアに対し、男が剣を抜いた。
刃毀れひとつない、非常に大きな剣。
それを見てユニアもまたサーベルを抜く。
「やめろユニア」
「えっ……」
それを止めたのはユーカだった。
後ろに乗るファルナにも何か話をして馬を下りる。
「彼らは我々に敵意を持っているわけではない。下手に手出しをするのは得策ではない」
「でも……っ」
「ユニアくん、今はユーカさんの言うとおりです」
なおも食って掛かろうとするユニアをドロイトが制止し、馬から下りる。
まだ何か言いたげなユニアだが、渋々とサーベルを鞘に収め、なおも渋りながら結局馬から下りた。
それを見てユーカは焦げ茶色の男に向き直って話しかける。
「侵入者と言ったな。ここがあなた方の領域と知らずとは言え勝手に踏み込んだ無礼を謝りたい」
「……こっちの女性はそこの男と違って話がわかりそうだな」
焦げ茶色の男はそれを聞き、剣を鞘に収めた。
「あんた達が俺達の平和を乱す者ではないと信じたい。一度俺達に着いて来てくれ」
そうしてユニア達は、土の民の先導の元土の民の砦へと向かうのであった。
2012/05/03 00:33 No.158
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_jz7
山間の砦ディノマイド。
大山脈東方に存在する土の民のコミュニティによって成り立つ集落。
左右が急斜面になった谷のような場所の底部で、知能の低い魔物にとっては非常に攻めづらい。
また高低差が激しいことを利用して見張りを置くことで遠くの異変も察知できる。
砂地のため落石の心配もなく、また川も近く利便性が高い。まさに天然の要塞である。
位置的にはガナンツとナトルナムの国境付近にあり、どちらの国からも認可されていない集落である。
「ガハハ、そりゃあ悪かったな。わしらも魔物の襲撃で気が立ってんだ、許してくれや」
「あ、いや」
「いやあ旅人さんとは露知らずすまなかったよ。まったく見張りの早とちりにも困ったもんだ」
ユニア達が連行された先。
それはディノマイドの最深部、巨大な椅子に座る一人の男(のように見える土の民)の前だった。
男は全身が透き通るような金色をしており、名をトパーズと言った。
「あ、お客に茶も出さずに失礼したな。おーい誰か茶を」
トパーズはユニア達一行が口を挟む暇もないほどに凄まじい勢いで喋り続け、まったく毒が抜かれる思いであった。
一応ここの首領らしいのだが、どうにも拍子抜けである。
それにしても土の民はほぼ容姿が同じで見分け方が難しい。
トパーズに呼ばれ茶を持ってきた給仕らしき人物は苔のような緑色をしており、少なくともユニアには人物の見分け方は色以外に思いつかなかった。
「して、ここからが本題だ」
トパーズが身を乗り出し、手を目の前で組む。
「あんたらはここを抜けて西へ向かい川越え、もっと言うならナトルナムへ行きたいんだろう?」
「はい、そうです」
手を解き、今度は胸の前で腕組みをするトパーズ。
「いや俺としても通してやりたいのは山々なんだが、それじゃ他のやつらに示しがつかねぇ。何より面白くねぇ」
「え……?」
最後の言葉に多少の引っ掛かりを感じつつ、ユニアは眉をひそめる。
すると突如トパーズが立ち上がり、壁に立てかけてあった剣を手に取った。
「となりゃ筋を通さにゃならねぇ。大将、あんたも男ならわかるだろ?」
そしてその切っ先をユニアに向けた。
2012/05/03 01:26 No.159
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「な……ッ!!」
「これが俺達の流儀でよ。昔ながらの決闘ってやつさ」
言いながらトパーズは剣を、まるで手品師がステッキでも操るかのようにくるくると回す。
そしておもむろに再び剣を鞘に収め、ユニア達に言う。
「明朝の日の出と共に、この館の闘技場で決闘を行う。一対一の純粋なタイマン勝負だ」
「ま、待ってよ、そんないきなり……」
ファルナが困ったように口をはさむが、トパーズはおどけたように首をかしげた。
「嫌ならそん時ゃお帰りくださいませだ。もしくは俺達土の民と戦争でもおっ始めるかい?」
「ぐっ……」
土の民は四民族の中で最も力が強く、魔法を除いた純粋な力勝負では四民族最強だ。
流石にこの四人で土の民の集落を切り抜けられる自信はない。というより無謀である。
要するに、拒否権はないわけだ。
「ま、何も取って食うわけじゃねぇ。単なるお遊びだと思って気楽に考えな」
そしてゆっくりと椅子から立ち上がるトパーズ。
よほど重かったのか、重みの無くなった椅子はぎしりと軋んだような音を立てた。
「明日までに誰がやるか考えといてくれ。こっちはもう決まってる」
言いたいことだけさっさと言い残し、トパーズは奥の部屋へと去っていった。
残された四人は途方に暮れる。
「あ、あの……」
そんな彼らに声。
見ると先ほど茶を運んできた給仕がおずおずといった様子で一行を見ていた。
「お部屋を用意しておりますので、ご案内いたします」
2012/05/04 01:52 No.160
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「いやはや大変なことになりましたね……」
「まったくだ。さてどうしたもんか……」
給仕に案内された部屋は多少埃っぽかったものの、寝床に照明、机や椅子に至るまで木製であり、なかなかシックでいい雰囲気の部屋だった。
おそらくは客室として使われているのであろうその部屋は、四人ということで四部屋用意されていた。
今はユニアのいる部屋に四人ともが集まって談合を開いている。
「あのトパーズという奴。あれでおそらくかなりの腕だぞ」
ユーカが眉根を寄せ、真剣なまなざしでユニアを見る。
だがユニアはうつむき、何かを考えているような素振り。
「土の民は力が強く身体も硬いと聞きます。正攻法でどうにかなる相手ではないでしょう」
「となると私は無理だし、先生も駄目だよね……」
もし万が一何かあった時のために、一行の回復役たる医者のドロイトはあまり戦闘をさせるべきではない。
他の人が怪我をした場合、ドロイトならば『豊饒の畑』を使うことができる。
しかしドロイト自身の両腕が怪我などで使えなくなってしまうと、『豊饒の畑』を使うことすらできなくなってしまうのだ。
「となると私かユニアだが……戦闘力で考えると私が……」
「そうだね、私もユーカさんに賛成かな」
「私も賛成です。ユニアくんは?」
「……なぁ、ちょっといいか?」
それまで黙っていたユニアが声を上げる。
「みんなあのトパーズって奴が相手だと思ってるみたいだけどさ、俺は多分違うと思うんだよな」
「え? どういうこと?」
ユニアが顎に手を当て、やや前のめりになりながら話す。
「さっきあいつ言ってただろ。『こっちはもう決まってる』って。最後まで自分が戦うなんて一言も言ってなかったしな」
「あ……」
剣を向けられたことで勘違いしていた。
もし自分が戦うのならばそう言うはずだし、仮に言わずとももう決まっているという表現には違和感を感じる。
「それにあいつは『誰がやるか決めろ』とも言った。おかしいじゃないか。決闘ってのは代表者同士がやるもんだろ?」
トパーズには話の流れで、一行のリーダーがユニアであることは伝えた。
それはユニアを大将と呼びつつ剣を向けたことから相手が理解していることは明らかだ。
だがそれでも戦う相手にユニアを指定せず、自分たちで決めろと言った。
普通こんな場ならばリーダーが出るだろうと思われるかもしれないが当然違う。
戦いにおいて王や指揮官は最奥部にいるもので、前線に出てくることはないのだ。
となるとよほどのことがない限り、一行はユーカを選出していただろう。
一行で最も強いのは力と経験と知識、それにファンタスマゴリアを併せ持つユーカなのだから。
現に今もユニアがそれを言いださなければユーカに決まろうとしていた。
「なぁ、ひとつ提案があるんだが……」
そしてユニアは一行に向かって公言する。
「明日の決闘……俺にやらせてくれないか?」
2012/05/04 01:53 No.161
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
同時刻某所。
「もう夜になっちゃったね」
(フン、我々は夜眼は利くから大丈夫だろう)
「そだね。じゃあ私は寝てよっかなー」
(それはやめてくれ、負担が大きすぎる)
「冗談冗談。ほんとアヌビスったらお堅いんだから」
夜闇の中、草原を駆ける一頭の獣。
墨より黒きその身体は闇に紛れて爛々と輝く黄金色の瞳だけが一対、人魂のように光る線を描いては消えてゆく。
その背にしがみ付くは小さな少女。
凛とした眼差しはその先にあるものを見据えている。
「にしても夜だと動きにくいよね」
(そうだな。いくら我らが見えこそすれ指揮官たるリジャヤ、キミが見えぬのならば我らの力も存分に発揮することはできぬというもの)
「教えてくれるわけにはかないの?」
(人間は我々と違い視覚情報に頼り過ぎている。伝聞で理解できるとは思えないな」
「そう……じゃあ朝まで待とっか」
山脈ふもとの森の中。
テントも焚き火もない場所に停まり、アヌビスは体を丸める。
それを枕のように頭を預け、地面に寝そべるリジャヤ。
遠くで狼の遠吠えが聞こえた。
「……ねぇアヌビス」
(なんだ。早く寝た方がいいぞ、明日は攻城戦になる)
「うん…………」
そうは言うものの、リジャヤは目を開けたままである。
「アヌビス」
(…………)
アヌビスは答えない。
眠っているのかとも思ったが、接している体から伝わる鼓動が、まだ起きていることを示していた。
「…………一人ぼっちってさ……辛いよね」
(…………ああ)
目を開け、仰向けのまま月を見るリジャヤ。
「でも今は、アヌビスがいるから。だから私は、一人ぼっちじゃない」
(…………そうだな)
すぅと目を閉じる。
今宵の月は輝いていた。
「……おやすみ、アヌビス」
(おやすみ、リジャヤ)
光のない暗闇の森の中、自然と一体化したように眠る少女。
その姿は森に潜む妖精の如く美しく、月明かりだけがその顔を見ていた。
(…………お互い様だ)
そんなリジャヤのそばでアヌビスはぼそりと独りごち、眠りについた。
2012/05/06 03:14 No.162
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
朝である。
新たなる一日を太陽が祝福し虫達のざわめきも止まない。
しかしユニア達一行の来る朝は憂鬱そのものであった。
「で、本当に俺でいいんだな」
「ユニアがやりたいんでしょ。だったら私達は全力で応援するわよ」
決闘。
その言葉がユニアの身に重く圧し掛かる。
こんなことならユーカに任せておけば良かったとも思う。
だがそんな風に考えながら一方で、これが自ら行う『選択』であるとも言える。
『過去を捨ててこの村に生きるのも、キミの『選択』だ』
『キミの『選択』はいずれ『運命』となる。『運命』はボク達を未来へと誘う……それが滅びであろうとなかろうと』
『目指す先はキミ達と同じである以上、その『選択』にボクが同調するのは必然でもあるがね』
『……まあキミの『選択』は自由だがね』
『キミが記憶を取り戻したいと願い、その選択をするならばボクはそれに従おう』
例の男。とっても親切なジェントルマンさんと自称する謎の男。
彼は度々ユニアに『選択』を迫っていた。
ならば、とユニアは考える。
(あんたの望みどおり『選択』してやるよ……だがあんたの筋書き通りには進ませない)
今までユニアは何度か『選択』してきた。
しかしそれはあくまで他者の言葉に従っただけか、あるいは選択肢の存在した選択に過ぎない。
ここでユニアは新たなる選択肢を作り出したのだ。
ユーカが戦うという意見よりも、己の選択を優先した。
これが本来の『選択』である。それこそ、あの男が望む物。
(やってやるよ……俺は、俺自身の道を往く)
ユニアがそのようなことを考えたのには理由があった。
――ケイのことだ。
彼は唯一の肉親である兄が死んだ後、自らの意思で旅に出ることを決意した。
それも一行に同伴するという楽な道があるにもかかわらず、敢えて茨の道を進んでみせたのだ。
ユニアも旅に出たのは同じだが、それは例の男に言われたからだ。
もしあの時にファルナとの狩りに行かず、山で魔物と出会わず、あの男と出会わず、あの男の言葉を聴かなかったなら……
おそらくユニアはまだ、そしてこれからもシルム村にいるだろう。
自分は『選択』できていない。『選択』して生きていない。
ただ記憶喪失なのを良いことに流され、ただ適当に待っているだけの存在――
違うだろ。
そんなんじゃないだろ。
失った記憶を取り戻す。
そんな大きな目的を、ただ待っているだけで達成できると思ったのか。
口を開けば親から食べ物がもらえる雛鳥とは違うんだ。
『選択』するんだ。自分の道を。自分の手で切り開け。
それはユニアの中での成長の兆しか。あるいはただの思いつきか。
それはおそらく本人ですらわかっていないのだろう。
だが結果的に彼は『選択』した。
そして彼自身の意思で今、闘技場に立つのだ。
2012/05/06 21:30 No.163
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
土の民の闘技場と呼ばれる場所は、意外にも一対一の決闘を行う場所にしては広かった。
地面が固められた土によって覆われており、その周囲は半径15mほどの円状になっている。
周囲は金属の壁で覆われ、いくつかの扉が見える。そのうちひとつはユニア達が入ってきた扉だ。
当事者であるユニアは闘技場の中央近くに立っているが、残りの三人は端にあるベンチ状の段差に座り込んでいた。
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
「心配ないわよ。多分だけど」
その内に扉のひとつが開いた。
現れたのはトパーズ。
「おや、戦うのは大将の兄ちゃんかい。こりゃ予想外だ」
「悪かったな、弱そうで」
にやりと笑うようにその硬質の顔肌をがちりと歪ませたトパーズに、挑発的に笑い返すユニア。
「まあいい、それじゃこっちの相手も入ってもらうとするかな」
トパーズが手をかんかんと打ち鳴らすと、ぎぃと軋んだ音を立てて別の扉が開く。
そこから現れたのはやはり同じような風貌をした土の民。
違うのは全身の色が墨を落としたようなくすみのある黒で、まるでその男自身が暗闇を表したような存在だった。
そしてその体躯。その大きさは2mはゆうに越えるだろう。光の民と比べて大柄な土の民だが、その中でもかなりの大きさだ。
「彼はニグルム。土の民一二を争う剣の腕の持ち主だ。相手にとって不足はなかろう?」
「ああ……まったくね」
ニグルムと呼ばれた男は手にユニアよりも大きく見える巨大な両刃剣を軽々と持ち歩いている。
まったくどうかしている、とユニアは考える。自分がこんな大男と戦うなんて。
だがやるしかないんだ。
「えっ…………また、なの?」
「ああ、まただ」
昨日の談合の後、ユーカとドロイトが自分の貸し与えられた部屋に帰り、ユニアとファルナが二人きりになった部屋。
「これで三度目……どういうことよ」
「知るかよ。俺が聞きたいくらいだ」
ユニアがファルナに話した内容。
それは再び記憶が戻ったということだ。
「一度目はあの男の人と初めて会った時。二度目はあの火事場でカイさんとご主人さんに会った時」
「そんでこの三度目……見張りの土の民三人に会った時だ」
もう最初の頃にあった頭痛はすっかりなく、まるで脳の中に溶け込むように記憶が戻ってきた、とユニアは話す。
「で、今度のは何よ。またあの男の人と一緒にいたの?」
「いや……なんか今度のは様子がおかしかった」
ユニアは話し始めた。
2012/05/08 18:30 No.164
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「俺は……どこかで眠っていた」
「はぁ?」
突然ファルナが素っ頓狂な声を上げた。
「あんたね、眠っていたのになんで記憶があるのよ」
「俺だってわかんねぇよ。もしかしたら眠っていたんじゃなくて単に寝転んでいただけかもしれないしな」
「……ふーん、まあいいわ。続けて」
こほん、と一度咳払いをするユニア。
「俺が眠っていた場所は……そうだな、地面は土だった。そんで周りが石の壁で囲まれた、四角い部屋みたいなとこだった」
「床が土なのに部屋? テントとかじゃなくて?」
「ああ」
やはり怪訝そうな顔をするファルナ。
「それで……俺の近くには二人の人がいた」
「二人?」
「間違いない。それで、そのうち一人はあの男だ」
とっても親切なジェントルマンさん。
ノーネクタイスーツにシルクハット、美しい金髪という一度見たら忘れられぬ出で立ち。
「そしてもう一人が……俺達が多分見たことのない子供」
「子供ぉ?」
「いや、後姿しか見えなかったから子供と言うには早いか……だが子供に見えるような身長ではあった」
胡散臭そうにユニアを見るファルナ。
「白昼夢でも見てたんじゃないの? それかその寝転んでる時に見た夢か」
「ま、ありえなくはないが……」
ユニアはどうも感じたのだ。
これが自分にとって本当の記憶であると。
例の男に子供、そして眠っていた自分。
これがひとつに繋がった時、自分の記憶も戻るのかもしれない。
「そしてそのために、積極的に動きたいんだ。だから俺は志願した」
「それがもうひとつの理由ってわけね」
「ああ。そして最後は単純に」
すっとサーベルを引き抜くユニア。
旅の道中も手入れを欠かさず使い込まれたそれは濡れた羽のような輝きを放っている。
「単純に強い奴と戦ってみたい。過去の俺がどれだけ強かったのか試してみたい。そんな気持ちだ」
2012/05/09 00:43 No.165
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
闘技場で初めて相対したユニアとニグルム。
だがユニアにはわかる。
自分が相手にしているのは、おそらくかなりの強敵だろうと。
それもユーカのような技術的な強さではなく、単純なパワー、破壊力としての強さ。
ニグルムが片手で軽々と操れるあの大剣でも、ユニアが触れるとおそらく骨の髄まで木っ端微塵になるだろう。
これまで戦ってきた赤髪の少女やザゴとはまた別の強さ。ユニアが初めて体感する感覚。
それを目の前の男は持っていた。
「君が……相手か」
「ああ。そうだ」
低い声。ニグルムである。
「剣を持った以上誰であろうと一人の男だ。私はこの今日という日に出会った君に敬意を表する」
「俺もあんたと戦えて嬉しいよ。よろしく頼む」
右手の大剣を両手に持ち正面に構える。
ユニアも倣ってサーベルを引き抜いた。
「我が名はニグルム。公明正大かつ正正堂堂、貴公との神聖なる闘いを所望する」
「俺はユニア。こんな形の決闘ってのもまた乙でいいもんだな。ま、お手柔らかに頼むよ」
剣と剣の切っ先同士が向かい合う。
相手の剣を視線の先に捉える威圧感。一対一の本気の闘い。
「ユニア……大丈夫だよねっ!」
「ああ、彼の実力は決して低くない。なんとかなるだろう」
「頑張ってください、ユニアくん……」
そして銅鑼が鳴る。
試合の火蓋が切って落とされた。
2012/05/09 23:38 No.166
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「っ!」
まずはユニア。構えた剣を斜めに掲げ、乾いた地面をざっと蹴って前へと進む。
対するニグルムは大剣を構えたまま微動だにしない。
その切っ先同士が交わりかける直前、突然ユニアは自身の重心を右に傾けた。
一瞬の判断でやや左側に構えるニグルム。
しかしユニアはそのまま倒れこむように横受身をとり、自分のサーベルを巻き込むように回転しながら前へと進む。
その大きさが仇となったか、ニグルムの目には一瞬でユニアが目の前から消えたように映った。
左後方から目標を捕らえ、鋭い突きを放つユニア。だが
「なッ!?」
迅速とはほど遠いゆったりとした動きでニグルムは大剣をかざしてサーベルを弾き飛ばす。
圧倒的物量差。鈍い音と共に仰け反るユニア。
「力も速さも足りないな」
深く腰を落とす。刹那。
轟ととてつもない風切音を響かせ、繰り出される大剣の一撃。
咄嗟に距離をとり避けるユニア。
ほんの数瞬。瞬き一回ほどでも遅れていたら脳震盪は免れなかっただろう。
一撃で掠め取られる間合い。剣を扱う者ならば避けて通れぬ必殺の間合い。
「まだまだァッ!!」
剣を再び斜めに構え、距離を詰める。
だが今度はさっきのように真っ直ぐでなく、左右にステップを切りつつ弧を描くように左回りに回りこんでいく。
軽快だが隙のない、一定で洗練された動き。我流のようでいてどこか訓練されたような奇妙な剣法。
それは傍から見ていたユーカに疑問を抱かせた。
「なんだあの動きは?」
「さぁ……けどユニアっていっつも変わった動きするよね」
小回りが利くことを活かした独特の動きで徐々に近づいていく。
そして間合いに入る間際、焦れたニグルムは一歩踏み込み、大きく横になぎ払った。
だがそのタイミングに合わせて大きく跳躍。回避すると同時に隙を見せたニグルムに一気に詰め寄り、真上から叩きつける。
「チィ!」
これにはニグルムも少し驚いたようで、間一髪それを右手で持った大剣で受け止める。
しかし間一髪とは言え受け止められたのは事実。
さらに右手に持ち替えた時の勢いが残っていたため、ユニアのサーベルは派手な音を立てて弾け飛んだ。
もちろん決闘の最中に武器を手放すことは死に繋がると言うことは百も承知のユニア。
逆に言えば武器を手放すことだけは死んでもすまい。
サーベルに引き摺られ、後方に仰け反り、腰を落として耐える。
「動きは良し、だが小手先だけでは敵わぬ」
その隙に巨体に似合わぬ俊敏な動きでユニアに近づき、大剣を振るうニグルム。
ユニアもサーベルで受け止めるも同じこと。弾かれ仰け反り詰められの繰り返し。
大剣の破壊力は、小手先のテクニックだけでなんとかなるようなものではないということだ。
「すげぇな……強ぇ……」
「お褒めに預かり光栄だな」
2012/05/10 20:47 No.167
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「どうした、もう終わりか」
「ふぅ……参ったな」
「どうしたんでしょう? 二人とも動きませんが」
「相手はカウンターが得意らしい。対してユニアは策を練ってるってとこか」
ユーカの推測どおり、全力で思考を巡らせるユニア。
何か、何か方法はないか。
ニグルムは最初に立っていた場所からほとんど動かずに、ユニアの攻撃に的確に返し技を当ててくる。
俗に言う受け、守りの剣術。相手の攻めに対してそれを防ぎ、素早くカウンターを仕掛けるスタイル。
相手の攻撃に全神経を費やせるため、一対一の戦いにおいては無類の強さを発揮する。
だが先程の左右ステップからの回り込み斬りへの対応速度。確かに凄まじい速さではあったが、付け入る隙はあった。
即ちそれは正式な決闘には慣れていても、野良での戦闘、形式に拘らない我流の剣術には
まさか二度も同じ技が通用するとは思えないが、他の技ならばあるいは……
「しっかしほんと」
ユニアが動いた。
それはしかし、移動ではなく跳躍。
天井の高い闘技場で、その場での垂直飛び。
膝を曲げ、突進と見せかけて真上に飛び上がった。
もっとも、ユニアとて鳥ではない。飛べて60、70cm程度である。
しかしこと一対一の闘いにおいて、ニグルムはユニアの全身の動きを捉えていた。
逆に言えば、「ユニアの全身以外を捉えていなかった」のだ。
真上に飛んだニグルムはほんの一瞬、それもコンマ以下の話であるが、ユニアの「上半身」を見失った。
「俺って一体誰なんだろうな」
疾走。
着地の際の膝を曲げた低姿勢からのタックル。
狙いは脚。直感的に読み、軽く足を前後に開いて構えるニグルム。
だが寸前で気付いた。
相手に足りないものがあることを。
ユニアの手にサーベルがないことを。
同時にユニアは高く飛び上がる。
そして最初の垂直飛びの時に「あらかじめ投げておいた」サーベルを空中で回転しながらキャッチ。
そのまま真っ直ぐに斬り付ける。
「何!?」
流石のニグルムも、その反応速度を越える掟破りの技。
大剣で防ぐ余裕はなかった。
咄嗟に左腕を掲げるニグルム。
「もらったァ!!」
ユニアが叫ぶ。
サーベルがニグルムの左腕に直撃した。
2012/05/11 23:26 No.168
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
ゲイン
硬質のとても鈍い音。
その瞬間その場にいた全員は凍り付いていた。
見物人たるファルナ、ユーカ、ドロイト、そしてトパーズは咄嗟の出来事に何が起こったのかわからない。
サーベルを振るった張本人ユニアにも何が起こったのかわからない。
ただ事実だけを述べるならば
サーベルが直撃したニグルムの左腕はかすり傷程度しかなく、ユニアのサーベルは刃の一部が欠けているということである。
「ふむ……」
「おいおいおいおい……おいッ!」
サーベルを支点にして跳躍し、そのままバックステップで一旦距離をとる。
そしてサーベルを正面に構えて確認。
片側のほんの一欠片だが、さっきまでなかった刃毀れがそこにあった。
「大剣だけで防ぐつもりだったがまさか腕を使わされるとは。正直見縊っていたようだな」
「反則だろあんなの……レフェリーを呼べぇ!!」
そんなものいるわけがない。いるのは見物人だけである。
第一土の民の表皮が非常に硬いのはユニアも理解して闘っているし、今のも半ば冗談である。
それを理解しているからこそ本気で左腕を切りつけたのだ。まさか生身の人間をユニアが斬れるわけがない。
「ったく……小手先で切り抜けられそうな相手じゃないってことは確かだよな」
尋常ではない反応速度。タイミングが完璧なカウンター。虎の如き圧倒的破壊力。まるで難攻不落の要塞。
そしてその要塞を打ち破っても極めつけの城門。鉄壁と形容するに相応しい表皮。
それを破る方法を……戦い抜く道を探すユニア。
「この状況でなお活路を見出そうとするか……結構なことだが、しかし」
相対するニグルムが大剣を両手、正面の位置で構えた。
「こうやって続けても膠着するだけだろう。やはり慣れないカウンターなどやめて真っ向からぶつかってみるか……」
「……え゛」
敵の口からとんでもない言葉が聞こえた。
慣れないカウンター……?
慣れない……?
頭の辞書で検索。「慣れている」とはどういう状況か。
「慣れている」とは即ち「経験が豊富である」ということ。
ならば「慣れない」とは?
「嘘だろおい嘘だと言ってくれ」
「冗長だな」
初めてニグルムが動いた。
2012/05/12 22:26 No.169
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「っぅ!!」
巨体に似合わず予想外の速さで突進してくるニグルム。
その様にユニアはサーブル共和国で乗った列車でも見るような錯覚を起こした。
その豪腕と強力から繰り出される剣撃は、貫き切り裂く刃の如き鋭さと、穿ち打ち抜く槌の如き勢いを併せ持っていた。
重い。
ユニアのものよりもはるかに重い一撃。
ニグルムの得物がユニアのサーベルの何倍もの大きさを持つ大剣であるということを差し引いても、それをはるかに上回る重さだ。
小手先の力や一朝一夕の訓練で身につくものではない本物の腕力。
たまらず飛び退いたユニアも即座に直感した。
あれは危険だと。
「なるほど斯様に鈍重な攻撃は流石に避けるか」
「じ、冗談じゃねぇぜ……」
あんな攻撃をまともに受けようものならユニアの身体は木っ端微塵になるだろう。
防いだところで同じ。ユニアのサーベル程度で防ぎきれるものではない。
つまり避けるしかない。
「ならば避けさせなければ良い」
続いて動くニグルム。
それも先ほどの場所からさらに踏み込み、ユニアに向かって疾走。
慌てて逃げ出すユニア。死が垣間見えるほどの迫力。
だがニグルムの追い込むスピードはユニアのそれを上回る。
もっともユニアは正面のニグルムを確認しながらバックステップで遠ざかることを考えれば当然ではあるが。
そして剣撃の連打。連打。連打。
全力で回避するユニアだが、しかしそれには限界もある。
「これで決着だ」
「やべ……」
そして轟音。
2012/05/14 00:56 No.170
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
(必要なものは)
「手数ね。それとスピード」
(心得た)
漆黒の獣、遠吠え一回。
その呼び声が有象無象を呼び覚ます。
地を駆る脚は風、霞む熱気は噴煙。
(これで十分か?)
「ええ」
遠吠えから数え秒数二桁、集うは魔の物動の物。
茶色の毛に覆われた四足歩行の生物。
砂漠狼である。
砂漠狼が狼ともっとも違う点はその獰猛さ凶暴さにある。
基本的に普通の狼は数匹から十数匹で群れを作り、その集団で狩を行う。
しかし砂漠狼の力は通常の狼をはるかに上回り、大型生物をたった一匹で仕留めることも可能である。
また行動の障害となるものは何が相手であろうが容赦せず、数匹で魔物の群れを全滅させることもある。
さらに知能も高く、群れになると魔物以上の脅威を持つ。
砂漠と名がつく理由は主な生息地がイグナ南西の大砂漠にあるからで、通常その姿を目にすることは少ない。
イグナ三大国においては「特別駆除対象指定生物」とされており、場合によっては国の軍隊が出動することもある。
元々は魔物でありそれが人界に適応し進化した種ではないかといわれているが、真偽は不明である。
そして今、リジャヤとアヌビスの周囲を取り巻く砂漠狼。
その数は三十を越えていた。ちなみにガナンツの場合、六匹以上の群れが確認されれば正規軍に招集がかかる。
「今宵ディノマイドに近づくなかれ、戦乱の炎が汝を焼くぞ……っと」
(いい詩だ。まったくロマンチストだな)
「へへ、ありがと。それじゃ通訳お願いね」
(心得た)
リジャヤがすっとアヌビスの上に飛び乗る。
そして砂漠狼の群れに向け、声を限りに叫ぶ。
「諸君! 本日集まってもらったのは他でもない! マスター直々の重要にして重大な特命であるっ!!」
アヌビスが声に合わせて吼える。
「これより諸君らには、『滅びの運命』を司る件の男の喉笛を噛み千切って頂きたい! 奴は山の上、ディノマイドに潜伏している!!」
ガゥッ、バゥッと唸る声があちらこちらから上がる。
「任務の邪魔になる者はいかなる存在であろうと排除が許可される! 各員心して励んで欲しい! 質問のある者はいるかっ!?」
静まり返る砂漠狼。
十数秒後、再びリジャヤが口を開いた。
「よろしい! それでは任務の成功を祈る!! 散っ!!」
同時にパァンと大きく手を打ち鳴らした。
それはニグルムが攻勢に移ったのとほぼ同時刻であった。
2012/05/15 17:56 No.171
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「な、なんだぁ?」
ユニア目掛けて振り下ろされた大剣が際どいところで静止する。
その腕力は驚嘆の一言だが、しかしそれよりも突然響いた謎の音が気になる。
地面を揺らすような、大きな音。
大剣を携えたまま闘技場の中央まで戻るニグルム。
「ただの落石だろう。続けるぞ」
「お、おいおい……っ!?」
次の音ははっきり聞こえた。
悲鳴だ。
助けを呼ぶ声も聞こえる。
そしてすぐに聞こえてくる打撃音。ドンとかガンとか、そういった類の音が断続的にその場にいる者たちの鼓膜を揺らす。
「な、何? 何なの?」
「わからんが……どうやら楽しい祭りではないようだな!」
先ほどまでただの観客として、あるいは傍観者としての立ち位置にいたユーカがすっと立ち上がる。
それに伴ってファルナやドロイトも腰を上げ、元来た扉から闘技場を出てゆく。
「ユニアも早く!」
「ああ、今行く!!」
「行かせはせん!!」
「ッ!?」
突如斬り込んできたニグルム。
不意をつかれたユニアは、なんとか直撃を回避したものの、服の袖が少し切れ、そこから血が滲み出した。
慌てて距離をとるユニアだが、ニグルムはさらに斬り込んでくる。
「なんだよ、何なんだよお前は!」
「言ったはずだ! 神聖なる闘いを所望すると!!」
ニグルムは戦士である。
彼には、決闘を尊び、敬い、決して侵してはならぬものとして貫く信念がある。
ユニア達から言わせれば何らかの緊急事態に際し、「決闘なんかより事態の究明と解決が優先される」わけだが、
ニグルムに言わせればそんなもの「緊急事態なんかより決闘の方が優先される」のだ。
そしてそれは生まれながらにして他の民族より力強い戦士としての血が流れる土の民ならば、誰しもが共感できる信念であった。
「ニグルム! 外は俺達に任せて、お前はお前の決闘を押し通せ!!」
同じく土の民であるトパーズも扉から外へと出、残されるはニグルムとユニアのみ。
「当然だ頭領。私は私の闘いを行う」
「チッ……戦い方は正統派だが中身は随分とまあ救いのないお話だ」
奥歯を噛み締め、再びサーベルを構え、ユニアはニグルムを睨み付けた。
2012/05/15 23:40 No.172
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_yar
「さぁ……仕切りなおしだな」
「冗談じゃねぇッ!!」
闘技場の扉は全部で四つ、天井から見たとき上下左右にひとつずつ。
ユニア達が入ってきてファルナ達が出て行った扉を下とするならば、トパーズが出て行ったのは左の扉。
その左の扉はトパーズが出て行った瞬間にガチリと音がした。つまり鍵が閉まっている可能性がある。
まさかニグルムを突破して奥の扉に向かうことも出来ない。
つまり消去法でユニアが向かうべき扉は手前、ファルナ達が出て行った扉からその後を追いかけるか、あるいは右の扉に向かうかだ。
しかし、とユニアは考える。
闘技場に設けられた扉は木製で巨大な両開きの扉で、開けるのには全力でなくともそれなりの力は要る。
扉までたどり着いたところで、果たしてニグルムが扉を開ける間待っているだろうか。
まさかそんなわけはない。
これだけ言って、同胞や故郷が何らかの危機に見舞われているのに、それよりも決闘を優先するこの男が逃亡を許すはずがない。
となるとここから逃げ出す方法は二つ。
ひとつはニグルムを撹乱して隙を生み出し、その間に扉を開ける。
そしてもうひとつはさらに単純。
目の前のニグルムを打ち倒して堂々と出て行くことだ。
「いい眼だ。ようやくやる気になったか」
「悪いが俺には待ってる仲間がいるんでね。さっさとこっから出してもらう!」
突進。
その動きには先ほどまでのような奇を衒った動作はなく、ただ真っ直ぐに突っ込んでいく。
「自棄になったか?」
再び鉄壁の構えに入るニグルム。
ユニアとしても単なる薙ぎを繰り出したところで止められるのはわかっている。
だがだからこそ、敢えて普通の横薙ぎを繰り出した。
当然大剣を縦に構え合わせ、それを防ぐニグルム。
そして素早く大剣を引き戻し、カウンターの突き。
ユニアはそれを待っていた。
身体を左に屈めてサーベルを右手だけで持つ。
そして左手に握るのは腰のポーチから取り出した一品。
ダイネルの街で予備の武器として購入したダガーである。
「ぬッ!?」
反射的に攻撃を中断し、大剣の幅の広さを活かしサーベルとダガーの二本を同時に防ぐ。
しかし元々巨大でかなりの重量を持つ大剣を強引に力で止め、さらに無理な体勢からの防御。バランスを崩すのは当然。
それもまたユニアの仕掛けた罠である。
ユニアはそこからそのまましゃがみ込み、左足を軸にして、渾身の力で右足を突き出してニグルムの足を蹴り払った。
「く、うッ!!」
支えを失ったニグルムの巨体は足を滑らせ、ズドンと鈍重な音を立てて地面に叩き付けられる。
すぐに受身を取ろうとしたニグルムだが、その目の端に写った刃の煌きに焦燥する。
いくら土の民の肌が硬質であるとは言っても限界はある。
細身のサーベル程度ならばかすり傷で済むが、全体重をかけて渾身の力で叩き下ろしてきたのならばあるいは重傷を負う可能性はある。
「チィッ!!」
咄嗟に大剣を天井に向けて構え盾代わりにして急場を凌ぐニグルム。
「っ……」
攻撃に備えて大剣を構えたまま地面を蹴って転がる。
そして素早く立ち上がった時にニグルムが見たものとは
「何ッ!?」
闘技場右側の扉を押し開け、今まさに闘技場から出ようとしているユニアの姿だった。
ニグルムの足元に転がるのはダガーが一本。これがニグルムの戦闘勘に引っ掛かった。鋭敏すぎる感覚が逆に仇となったのだ。
闘技場から出て走り去っていくユニアを、足の速さではわずかに劣るニグルムはただ見送ることしか出来なかった。
2012/05/18 00:06 No.173
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_bTE
一方その頃ファルナ達三人。
「こ、これは……」
闘技場は土の民首領のトパーズの屋敷の一部であり、他の建造物よりもわずかながらも高い位置にあった。
そこから外に出て見た景色に、三人は目を疑った。
「砂漠狼だと!?」
ユーカが驚愕に目を見開く。
こんな山岳地帯、それも昼間に砂漠狼が現れるなど古今例がない事態だ。
それもこれほどの群れが、理由もなく集落を襲うなど考えられない。
ならばいったいこの状況をどう説明するか?
「ファルナ、ドクター! 私から離れるなよ!」
「了解!」
「わかりました!」
地面を蹴り、下段へと降りるユーカ。同時に鉤爪を持ち上げて戦闘準備完了。
ファルナとドロイトも続き、弓とサーベルをそれぞれ取り出した。
砂漠狼の方は新たなる闖入者に戸惑いを感じるもすぐさま戦闘本能を呼び起こされ、ユーカ達に向かって突進する。
まずは手前の二頭。
ユーカが『赤い砂時計』で作り出した糸と鉤爪を操り、手近にいた一匹を雁字搦めにする。
唸り声をあげるその一匹を振り回し、まるでハンマーの如くもう一匹に叩きつける。
「食らえ!」
二頭は頭同士をぶつけ脳震盪を起こし、その場に倒れこんだ。
その隙にファルナが開いた道を貫く矢を一斉に放ち、後続の狼達の足を止める。
動きの素早い砂漠狼だが、しかし道幅の狭いディノマイドではその俊足も乱れるというもの。
何匹かは身体や足に弓を当てられ、動きを止めていた。
2012/05/19 08:25 No.174
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_bTE
それにしても気になるのは砂漠狼だ。
通常の狼と異なり、砂漠狼は群れを成して行動することが少なく、群れとなってもそのほとんどが十匹に満たないものだ。
また、自らの獲物を狩るなど特定の意思を持った行動を邪魔された場合を除き、自ら集落に攻め込むような積極性のある動物ではなかったはずだ。
ファルナは考える。
ならばこの事態はどういうことか?
ひとつにはこの周辺に砂漠狼の棲家があり、何らかの事情で偶然攻め入ったということ。
しかしその何らかの事情ということがどうにも思いつかない。
ならばもうひとつ。
砂漠狼の群れを動かしている黒幕がいるということだ。
そしてその黒幕はファルナがその発想にたどりついた瞬間に、偶然にも砦の入り口から現れた。
「お、やってるやってる。んじゃ私達も奴らを探しましょっか」
(リジャヤ……奴らとは言うが、顔を知っているのか?」
「いいや。けどここは土の民の砦よ。土の民以外の人間はきっと奴らね」
「なるほど。愚問だったな」
他の砂漠狼の俊足を大きく上回る疾風の如きスピードで土の民の軍や他の砂漠狼の間を駆け抜ける黒い狼。
その様は上にいるファルナ達からも容易に見て取れた。
「なんだ、あの黒い奴は?」
「あんなの見たことない……砂漠狼のボス!?」
「誰か、あの上に乗っているみたいですよ!!」
「何やらわからないが、注意した方が良さそうだな……ッ!」
そう言うユーカの死角から飛び出してきた砂漠狼。
巨大な爪と身体に押さえ込まれかけるものの、腹を蹴りつけて脱出する。
そのまま糸で締め上げ、意識を落とした。
「流石にこの数だ。あの黒狼と少女もそうだが、絶対に気を抜くなよ!!」
「おっ、もしかしてあれじゃない?」
やや遅れて、リジャヤがファルナ達の存在に気付いた。
ちょうどユーカが砂漠狼を蹴って締め上げたところであり、リジャヤが眉根を寄せる。
(なかなか強いな。この程度で負けるほど柔じゃないということだ、気をつけろ)
「わかってるわアヌビス。でも私達とてそんなに弱くない」
疾走するアヌビスの上で、リジャヤはそのあたりで拾ったのであろう小枝を右手に掲げた。
「マスターのため……やってやろうじゃないの!」
2012/05/20 23:15 No.175
黒島@tilina★rlOJzNDUKM_bTE
その頃。
闘技場に一人残されたニグルムは、手持ち無沙汰で呆然としていた。
「……」
否、呆然と何もしていなかったわけではない。
ただこの広い闘技場のど真ん中で一人立ち尽くし、考えていたのだ。
「……」
『悪いが俺には待ってる仲間がいるんでね』
「仲間か……」
ニグルムは幼き頃から戦士としての英才訓練を受けてきた、言わば選良されたエリートである。
戦士ならば一人で生きなければならない。
戦士ならば他人に情けを乞うようなことがあってはならない。
そうやって生きてきたのだ。
仲間などいない。孤高の戦士。それが土の民の戦士、ニグルムという男だった。
「……」
無論同胞への友愛や愛国心などといったものは持ち合わせていたが、「仲間を助ける」など、仲間のいないニグルムには選択肢が存在しなかった。
故にわからない。ユニアの行動が。
敵の目の前から尻尾を巻いて逃げ出し、あまつさえ神聖なる決闘を蔑ろにしてまで仲間を助けに走った。
「仲間……」
ニグルムのふらふらとした足取りは、いつしか闘技場から外へ向かう扉へと向いていた。
2012/05/22 02:30 No.176