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題名かっこつけてみた。 2011/10/23 04:22 No.0
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題名かっこつけてみた。 2011/10/23 04:22 No.0
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やさしいあくま☆jXNiLZIKero★DOCOMO=xsx71EYFek
>>14
こんばんは。実は昨日からなぜかPCがアクセス拒否されてメビが表示できなくなってます。アクセス禁止になるよーなことなんもやってないと思うけど…。
と言うわけでケータイです大繁盛してる小説関係はメビでは知らないんだけど、期限なし(何時までにくれとか以外)なら批評依頼はお受けできます。 まー僕もこの人に批評もらえないかなって思うときはありますが。
ballad★zB8okug9Jx_fk0
なんか6262さんの勝手な脳内妄想がすごくて、突っ込もうかどうか迷ってたけどまぁいいや突っ込もう。とにかく、妄想ですね(笑)。と言う感じ。私、たぶん文極でも現フォでもとにかく多作なので、毎日何作も投下してたけど、点数なんてつきませんでしたよ。そして、評価するとか言ってるけど、システムが評価してないし、規制はいったし、昔はたしかもっと簡単に投稿できたけど、ポイント入れろとかうるさくなりました。現フォはコミニュケーションの場であって、詩のサイトじゃない。だからSNSって言ってるわけ。詩はコミニュケーションを仲介するただの物としか扱われてない。でも、所詮m、ポイントでは満足できない書き手が今文極にきてくだらないことをやってくれてるけど、文極も結局、今はもうしにかけてるいでおろぎーを守ろうとしてるだけというか、そういうのが必要な人たちの集まりでしかないわけ。ある種の幻想を共有するっていうかね。そういう幻想が必要な人たちのためのサイト。
現フォの上位作品は、ある意味で最適化されてると思うよ。つまり、書き手が読み手のために最適化してると思いえる。彼らは意図せずともしてるんだけど、それは単に彼らがJPOPなどの歌詞などの非文学からの影響が強いから。現フォで現代詩を読んでいる読者なんてほとんどいないよ。最果さんが別冊マガジンで連載してるけど反響ないし、でも彼女、現フォでよく上位はいってたよね?。文学極道でも最適化は可能。ウケる作品の作り方があるもの。俺はそれが嫌なので、色々やっちゃうんだけど、簡単ですよ。それに、特定の人のの評の評価が高いってことは、特定の人に誉められることを目指すことは含まれるわけで、それはケムリ君の考える完成度の高い作品に矯正されちゃうことでもあるの。
売り手が満足してるとか言ってるけど、そもそもニーズないからさ、映像と音楽でくるアニメや映画やゲームの法が安価で簡単に手に入り一定の満足を得られるからねぇ。でもまぁ、そうはいっても、一応春樹とか売れてるし、でも、春樹の想像力がエロゲやアニメに源泉になったという評論もあるわけで、これから生き残るには、源泉になるような作品を作らないといけないよね、ってこと。春樹なんて椅子が空いてたから座っただけ、みたいなことをたしか自分でもいってた気がするし、誰かが指摘したのかな?忘れたけど、まぁ、あいている椅子を見つけ出す嗅覚もいるだろうけど、批評や感想程度で何かが活性化するわけない。それは表面的なものでしかないよ。文極なんかそうじゃん。何か変わった?単に昔の少し活発だった頃に戻っただけで、何も先にすすんでませんよ。
ballad★zB8okug9Jx_fk0
後、棲み分けなんていらない。それこそ無意味。すでに、純文学はライトノベル、漫画部門のお情けでやらしてもらってるもんでしょ。売れてる純文学作家って誰よ?春樹ぐらいでしょ?。もう負けてるのボロ負けね。棲み分けなんか考えるよか、とにかく技巧が高い、器用な奴が純文学もラノベの読者も掴めばいいのよ。たぶん、春樹はそれが出来るんだと思うよ。それに、読者は純文学、ラノベとかなんだとかなんていうわけ方で見てないよ。東圭吾をミステリーだからといって読んでるやつなんていないだろ。
とりあえず、誰か賞とれ。それが一番早い。詩の賞じゃ限界見えてるので、小説の方でとれ。そして、純文学も現代詩もラノベも書けばいいんだよ。それぐらい何でもできる器用な奴になるしかない。そうすれば色々解決すると思うよ。たった一人の個人で変えれる世界なので、そいつは天才である必要性はない。ただ、とにかく器用でなんでもある一定上で書けるやつを出せばいいだけ。皆もそれ目指せばいいだけでしょ。
6262★jnzKIHztDF_hgO
やさしいあくまさんへ
あー謎のアク禁、わたしも食らったことある。
けっこう良くある事態みたいで、わたしの場合はほっといたら一週間くらいで、理由も不確かなまま解決しましたよ。以下はアク禁問題が解決してからご検討ください。
批評受注してくださるんでしたら、スレ主の意向は無視して詩カテの批評依頼システム計画を検討しましょう。 >>12 に書いた通り、小説カテの募集・告知板にその類のスレッドがたくさんあるんです。小説はレスが付きにくいから必需なんでしょうけど、プロ詩だってレスの付きにくさはどっこいだし、皆さん密かにやさしいあくまさんを待ちぼうけてるんじゃないかと、わたしは一人で勝手に妄想する。
わたしの妄想のため早急にスレ建設ってのも性急ですし、とりあえずわたしの個人的な依頼を受けてくださいませんか。いずれプロ詩に拙作を投げて、メモ欄に「あくまさまおいでください魂さしあげます」とか書いておくので、目についたらお願いします! もちろん期日なんて生意気は言いません、過去ログへ行く前に拾っていただければ充分です!
もっともその拙作は、感想版でいただいたご意見をもとに改稿中の代物で、まだ投稿できる段階にないのです。どうにか年内には諸問題を解決し投稿する予定なので、それまであほうの6262を忘れないでくださいお願いします。
* * *
balladさんへ
あなた様はあの神ですね! ようこそ釣られてくださいました、わたしの妄想も生まれた甲斐があるってもんです、よもぎさんもさぞ大喜びでしょう。
てかこの盛り上がりのなかマジ何してんのスレ主!
レスも大変興味深く拝読し、おのれの妄想の論評に値しなさを実感し笑いましたが、とりあえず「あなたの詩とガガガ文庫が一緒くたの本棚にわたしが大弱りなのは事実です」「文極はわたしの憧れなので万聖殿に決まっています、わたしにはわたしの私欲がすべてです」「活性化も当然わたし個人の都合について述べました、何もかも私欲です。詩壇の向上なんて難しいことを、この妄想癖6262の悪い頭が考えるとでも思ってんですか」「わたしは春樹よりクンデラが好きです」「賞はあなたが獲れ、小説読ませてください」ということでさて置いてですね。
ところでballadさん、メビでの罵倒受注活動にご興味ありませんか!
わたしがいずれプロ詩に投げるやつを、ぜひ女装のピンヒールで踏み躙ってください。もっともそいつは現状踏まれる価値すらないため、しばらく投稿できないので、わたしがそいつをプロ詩に投げるまでメビにいてくださいお願いします。
* * *
よもぎさんへ
これ以上レスレスを放置するとこのスレ、じき6262の陳情スレと化しますよ。さっさと現れてわたしの疑問を解決してください。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
予期せぬ方向に進んでるのでコメントのしようがないというか……
やさしいあくまさんは単によもぎさんDisってるだけのような気がしないでもないのだけど、とりあえず、プロの批評家が云々言ってるけどもそもそも詩の世界にプロの批評家なんていないんじゃないでしょうか。詩誌とか読んだことあります? 取り上げられるのはごく一部の人間の作品だけで、それも1ページに何人もの作品の感想が簡潔まとめられているだけ。ネットみたく作品の分析なんてやってくれる人なんざ誰もいないですよ。
文極の話を度々持ち出して申し訳ないけど、ぶっちゃけて言えば、文極はプロ詩とは比べものにならないくらいレベル高いと思いますよ(レベル高い人がいる、になりつつあるけれど)。しかも、ネットではそれなりに名前のある詩人が発起人として毎月毎月優良作品を選出するわけで。そこまでやっても今はオワコン状態じゃないですか。(燃え尽きるような理念を掲げてたせいってのもあるかもしれないね)
批評に関しては、わたしはある程度詩が巧い人間の批評しか参考にしてないのでなんとも言えませんが、わたしたちが何か批評系の企画をやるとして、果たして人が集まるのかって問題もありますよね。具体的にいうと、優れた書き手に対して「よもぎの評」や「やさしいあくまの評」は需要あるのかなーと。もっと言えば、わたしたちの名前にそれだけの魅力があるのかな、と。突き詰めていけばいかさんの言うようにまずは評価を得てから、って話になるんだろうけどね。それでも、Jさんの意見みたくわたしたち間で高めあえるようなシステム、サイトなりなんなりを作ることくらいは出来ますね。結局書けなければ話にならないし、書ける人間はある程度読めるんじゃないかな、と。絶対とは言いませんが。
ここで決定された企画をなにもメビリンの人間だけでやろうと言っているわけではなくて、現フォに埋もれている才気ある書き手にもオファーできたらなーとか考えています。予定は未定!
まあ、 >>0 ではめちゃくちゃなこと言いましたけども、ネット詩が盛り上がってた時期って事実若い世代が色々やってたみたいで、現状が盛り上がってないのは若い世代の責任でもあると思うので、なんとかしたいなーと。復興、といえば語弊がありますけれども。
話題が多すぎて方向性がまとまらなくなってますね。
*
とりあえず、その批評依頼?みたいなスレッドは作るだけ作ってみてもいいんじゃないかな、とは思います。わたしはメビリンはあんまり見てないので、もしかしたらそれはルール的にまずい!のかもしれないですけど、詩人板あたりに募集/依頼のスレたててみればいいんじゃないですかね、っと。
需要があるかはやってみないとわからないので、別に過疎ったところで損するわけでもないから、やってみればいいんじゃないかな、と思います。し、仮に頼まれることがあるならわたしは感想くらいなら書きますね。まあ、物好きにしか頼まれないとは思いますが。
*
>>早い話、良い批評家のいる媒体に人は集まると思うよ。
>>つまるところ、ひとりで黙々と書きまくるタイプの詩人をひっぱりだす、そういうサイトがあったなら、それはひとつの(読者にとっての)広がりうる詩の可能性になるんじゃないかな、と思っています。
>>こうあるべきだ、こうじゃないか、っていうのは置いておいて、とりあえず他人の詩に無理やりにでもコメントしてみたり、偏見を出なくても、もしかしたら伝わるかも知れないって思って発信してみることだと思いますよ。
>>自分がどうこう言ったって大したことないっていう卑下とか、どうせ理解できないでしょうっていう尊大さが一番の敵だと思います。なんか、わいわいやれてたらそこでエネルギーが生まれてくるものだし、寄ってくる人も増えますよ。自分が詩になんか関わって、よくわからないけどけっこう楽しい、って思えてくるところからだと思います。
藤崎原子@elife1251★FNEn62CD6c_zRT
>>未詳24……は管理人の方が失踪していらっしゃるのでなんとも言えないですが、その他もろもろの掲示板にしてもまたそうです。
>>どんなコンテンツを置くか、だとか。メーリスと掲示板が用意できれば、あとはどうにかまわる気もしますが。
>>わたしたちが何か批評系の企画をやるとして、果たして人が集まるのかって問題もありますよね。具体的にいうと、優れた書き手に対して「よもぎの評」や「やさしいあくまの評」は需要あるのかなーと。もっと言えば、わたしたちの名前にそれだけの魅力があるのかな
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
わたしがもしサイトを作ってなんかやることになるとしたら、「見つける」という理念を掲げるか「育てる」という理念を掲げるかですごく悩むと思います。Jさんの意見は「育てる」寄りだけども、零れるものを拾うためにはできれば積極的に受け入れる体勢でいたいわけで。
ただ、そもそも今の文極は完全に天才待ちの姿勢ですよね。切磋琢磨の場としては大して機能してないような気がする。ケムリさんくらいじゃないのかな、下手な作品にもレス入れ頑張ってるの。というか、詩の世界自体がもはや天才を待つ姿勢を続けているわけで、既存の、評価にあぶれた書き手にいつまでも光が当たりません。そのなかには筆力の向上を目標に苦しみながらも書き続けている人間がいるわけで、そういう真摯な書き手に対してなんらかの機会を与えられたらそれは理想かな。でもあまり需要はないかもしれませんね。大体は書けずに開き直ってる人間か書けるから達観しちゃてる人間かの二択って感じで。文極やプロ詩みたくクリティック色が比較的強いサイトでもこんな感じですから、なかなか人は集まらないでしょうね。
未詳のようなシステムにすればよくも悪くも停滞するし、なにより管理サイドへの負担が増えるんです。文極と違って二人で選考をやってるわけで、そこにかかる責任って計り知れないですよ。そして、わたしは詩誌の真似事をやるのであればネットでやる必要はないと思っています。それこそ若い世代で同人でも作って詩誌出しちゃえばいいでしょ。ネットの特色を生かせば詩誌には逆立ちしても出来ないようなことが出来ると思うし、逆に、ネットだからこそ出来るようなことをしないとどうしようもない。わたしたちが権威化して藤崎さんの言うようなフィルターシステムを作ったとしても、たとえば詩手帖よりもレベルの高い場が出来るとは思えないし。劣化詩手帖や劣化未詳(劣化現フォや劣化文極)になるのは避けたいし、それじゃ新しいことを始める意味がないと思うので。
ballad★zB8okug9Jx_fk0
よもぎさん・・・それって自分で八方塞です・・・といってるようなもんじゃ・・・・。とりあえず、地道にまず活動してさ、メビリンでもいいからさ、仲間というか、一人でできないのなら、仲間増やせばいいんじゃないかと思う。上の世代のばかどもを殲滅するような勢いで、組んでいけばいいんじゃないかな。そのためには、周りを納得させるだけの熱意とか、何かがいるだろうけど、ケムリ君なんかあの熱意に皆引かれてるんだと思うから、後、レスしまくる体力と律儀さ。むくさんもまず、そういうところから始めたらいいんじゃないかとおもうよ・・・。あせらずに・・・。何かしなきゃと思うのは分かるけど、一人で何も出来ないのなら、周りを納得させてみんなでやらなきゃ。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
実際八方塞がりなんですよね。結局わたしは天才ではなかったので文極やネット詩には需要のない人間でしょうし。それでも書き続けてる以上は向上していきたいと思うし、なにより自分を納得させたいな、と。悔しいですしね。
PCを購入したらレスを増やしていきたいなーとは思っていますが、携帯orネカフェ通いの現状、そこまでの熱意も体力も金もないです。言い訳ですけどね…。自分よりも書けない人や自分と理念が異なる人を認めてあげられるほど寛容になれないのはやっぱ焦ってるからでしょうね。もうすぐ十代ではなくなってしまうし、自分が巧くなってるとも思えないので。話が逸れました。
わたしとしては、評価されてないわたしがこんなスレ建てても寒いだけなので、いかさんやケムリさんや二兎さんみたいな方々がネット詩の世界に新たな劇薬投入してくれたりするととても助かるのですが。空いた玉座があるなら本来はふさわしい人間が座るべきだし、わたしはまだ背中を追いかけるだけで精一杯です。
ballad★zB8okug9Jx_fk0
え?むくさんって、まだ完成してなくて、これからの活躍楽しみな書き手だと思うんですけど・・・。カントは50歳なってから爆発したし、今後の活躍期待ですお。なんかぁ、むくさんも変な勘違いしてるけど、ぜんぜんこれからじゃん?
笹川★4vXREUY7CY_rWD
よもぎさん、勘違いしてますね。天才ってのは無限大の馬鹿さ加減、恥知らずの根性、いわば変質狂をいうのですよ。
あなた、10代ですか、あぁ、ぼくは10代なんて貧相な時には戻りたくもない。
やさしいあくま☆jXNiLZIKero★DOCOMO=xsx71EYFek
方向性見えないけど今はネタ出しの時期かな。
>よもぎさん
やさしいあくま☆jXNiLZIKero★DOCOMO=xsx71EYFek
>6262さん(読みは密かにむにむにさんです)
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
わたしは自信家ではないですよ。単純に、下手くそだけどあなたよりは巧いつもりだというだけ。(とかいうとまた嫌われるかしらん…)
昨今の文極ではむしろフルボッコにしてくれる人がいないのでうんざりしてますね。
私は「プロ」の定義をそれのみで生活可能な程度の収入があるかどうかだと考えているので、そういう意味では詩人に「プロ」はいないと思っています。詩で食べていけるのは谷川俊太郎だけっていうしね。
笹川★4vXREUY7CY_rWD
だって、詩は書くの楽だからでしょ。片手間で書けるし。小説だと1作仕上げるのに苦労するから。
文極は会員制のようだね。僕のような来訪者は基本的に相手にして貰えないな。感謝したい人は数人いますけど。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
いや、笹川さん鬱陶しいから誰も相手したくないだけでしょ。レスレスで開き直られたり詩論語られたりするとかなりめんどくさいし。「ああこいつ面倒な奴だなー」とか思われると、文極では全然レス付かなくなりますよ。まあそれにあそこも人間の集まりですから、下手な詩は見向きもされないので、結局は投稿しつづけることで信用を得るしかないんじゃないですかね。私もそうでしたし。現状、荒らしの一種だと思われてるんじゃないかな。
遅れましたがユライさん、
出てきていない人間を連れてきたい、という気持ちは確かにあるのだけど、そういう、いわば現代詩の界隈から離れた場所で黙々と書いている人間を現代詩のコミュニティーの中に引きずりあげることは果たしてその人の為になるのかな、というのはあります。私はあまり詩人の人間性を信用していないので(ユライさんやいかさんをはじめ良い人はたくさんいるけれど)、関わらない方が身のため、という気持ちはなきにしもあらずですね。
(というか、ユライさんメビリン見てたんですね…)
6262★jnzKIHztDF_hgO
主にJさんへ
(よもぎさんも読んでください)
おはようございます謎の名6262です。名目上「詩人ですし、どう読んでいただいてもかまいません」ってことになってるんですけど、後述のやさしいあくまさんの解釈が、本人としては大変光栄です。
しかし個人的に私欲としては、ここの進行役をJさんにお任せしたいですね!
よもぎさんは語弊のうえに自嘲だし、わたしは妄想のうえに私欲だしで、Jさんの通訳を介さなければ話すら通じない始末です。ほんとお手数かけて申し訳ないんですが、今後もわたしの妄想の尻拭いと、よもぎさんへの通訳をよろしくお願いします。
わたしが脳天ぶち抜かれたJさんの別名義の傑作ですけど、流れに乗じて語弊も恐れず詳述すると、話題沸騰・文学極道のです。わたしそのコメント欄での聖なる罵倒の嵐を見たとき、生まれてはじめて文極の聖所へレスを投げつけようと思い立ち、半分書いたんだけど結局やめました。
わたしは客観的分析ゼロのあほうなレスしか書けないし、文極の価値観とは生きる世界が違うような気がする、批評されたいけど批評できないから文極への参加は無理、といまのところ考えてます。その反動でメビに異様に期待してる次第です。
批評依頼の件は、そもそも自分が感想版で「これは指導代を払うべきなんじゃないか」ってレベルのすごい批評を頂戴したために、一人で勝手に興奮してるだけの話なんで。スレ違いはいい加減にして、どうにか自ら考えてみるとします。
「まず感想版でご意見を伺い、改訂版をプロ詩に再投稿」って、メビらしくていいんじゃないかと思い立ち、それを拙作で実際にやってみようと現在難渋中なんですけど。ちなみにその拙作、Jさんのその傑作に思いっきり感化されて書きました! むしろ「Jさんのその傑作に対するわたしの解釈」がその拙作です!
…………とか。
こういう具合に詩について、批評でも感想でもない単純な話を単純に語り合うような機会だって、特に若い人には必要だと思うんですけど、Jさんどう思いますか? 罵倒にまみれ自嘲するばかりで楽しいんですか、そんな苦行やってたら書き続けられませんよ、ってよもぎさんに再三言ってるつもりなんだけど、話が通じず大弱りなんですよ。
彼は感想版ですらわたしの賛辞を聞かない外道ですからね。繰り返しますけど感想版ですよ、つまりレッサーは評者でなく読者です、読者がどの詩をどう褒めようが読者の勝手じゃないですか。それをあの野郎、評者としての審美眼とか書き手としての敗北宣言とか、的外れな屁理屈を並べてわたしのファンレターを発禁にした挙句があの自嘲です。
そうした憤りもあってわたしは、新サイト設立よりもJさんが >>4 で提案したようなコミュニティ設立に賛同し、優秀なよもぎ調教師の出現を切に望みますが、スレ主にPCと行動力がないんでは企画が一向に進みませんよ! やっぱりJさんに進行をお任せしたいですね、――ってよもぎさんに通訳していただけますか?
* * *
やさしいあくまさんへ
「むにむに」は大変光栄です、「ロクニイロクニイ」とか「むふむふ」とか読んでいただいてもかまわないんだけど、やっぱり「むにむに」が一番かわいいですよね。
さて批評依頼ですが、不承わたくしめがこの悪い頭でどうにかこうにか、詩カテにおける批評・感想依頼システムを考えてみようと思います。わたしもしがない就労主婦なので、企画をやり通せる自信はあんまりないんですけど、Jさんがおっしゃる通り建てたスレが過疎ったところで、誰が損するわけでもありませんしね。
小説カテの依頼スレはどれも、「スレ主個人に対する依頼」を募集する形態なんです。こないだ文極にも類似のシステムがあることを発見しましたけど、プロ詩・感想版では制度の定着からですよね。まずレッサーをスカウトし、レスの需要とレッサーとを繋ぐための窓口を作る、みたいな計画を目論んでみようと思います。
わたしの目的は単に「わたしがレスをもらいたい」ってだけですけど、この私欲は絶対わたし一人じゃないと思うんですよね! だから今後、唐突に長期間消えるのはご勘弁くださいお願いします。
わたしはやさしいあくまさんの評を高く評価してますよ、なぜなら論拠が明瞭だからです。同じ理由でよもぎさんの評も高く評価してます。
詩は必ずしも意図の伝達を目的とはしないし、その理屈を言い訳に使えたりもする、悪く言えば無責任な文芸じゃないですか。一般小説なら誤読を誘発する表現なんてのは絶対悪だけど、詩ではそれが不首尾なのか否かすら判断しがたい、じゃあ何に注目し何を指摘すりゃいいんだ!ってとこでわたしは批評につまずいてるんですけど。
実際に批評や感想をいただくと、評はとにかく論拠が命だと実感します。わたしは詩を書くとき、必ず何かしら目標を設定してるから、それを達成できたかできなかったかを第一に知りたい。だから個人的には「よくわかりませんがいいと思います」って感想が最も無益です、聞きたいのは「どこがどういう理由でよかったのか、わからないのはなぜなのか、あなたはこの詩から何を感じ取ってくれたのか」なのに、根拠も理由もなく褒められてもね。かえって悲しくなることもありますね個人的には。
批評を課題や提案として受容するもしないも作者の判断ですけど、論拠のない賛辞はその判断すらできない、論拠さえ明瞭なら酷評のほうがずっとありがたい。と、独り言でした。
* * *
よもぎさんへ
あなたの自嘲や偽悪に憤ったあまり、盛大に斬新な計画を思いつきました。
じき案をまとめてレスするので、ちゃんと見ててくださいね。
それと、なんとなく言いたくなったんで言いますけど、上にも書いた通りわたしはあなたの評が好きですね。
好きなのはむしろ理念かもしれないし、人柄かもしれない。口はほんと悪いし足りないし下手だけど、ものすごくわかりやすいですよ。そのわかりやすさがはみ出すほど詰まってるような気がするから、あなたの詩が好きなのかもしれない。
特に他意はないんだけど、そんなこと思ってるやつもいるよってことで。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
いや、私はほんとはとても優しい人間ですよマジで(Jさんより私の方が絶対優しいよ!)。 好きな人間にはとことん甘いし。だから、6262さんにも結構甘いと個人的には思っていたんだけども……
暴れるために「よもぎ」という名義を使っているので(!)、かなり酷いこと言いまくってるし、まあ後から「ちょっと言い過ぎたかなー」と反省したりもするんだけども、嫌われ者が一人くらいいた方が場は活気づくでしょう。特にプロ詩の批評はみんな甘いからね、私がぼろっかすに叩いた詩人を周りがフォローしてくれることを密かに期待していたりします。
頑張ってる人間は好きだし、そういう人にはいつまでも詩を書き続けてほしいなーとか、一緒に高めあっていけたらなーとか思ってます。(みんなあまりやる気ないみたいだけどね…)
賛辞の件に関しては、よもぎさんは褒められるのも好きだけど叩かれるのも好きだから許してくださいよ。
余談ですが、
プロ詩に旅人さんの震災に関する詩が投稿されているのですが、みなさんご覧になりました?
私は本来、詩に関してモラル云々言いたくないタイプなんですが(過去に「この詩は非人道的だ! 削除しろ!」とかいう批判をもらってはらわた煮えくり返った経験があります)、あの詩に関してはちょっと道徳的に無理だなーと思っていて。ただ、「離れた死者」や「マスコミというフィルターを通して見た震災」をああいう詩として書くことに対する問題意識は作者にはないようで、そこが私には納得がいかないんですけれども。
震災以降、被災者や死者への鎮魂歌的な趣の詩が増えて辟易しているのですが、その一方で全く震災を意識していない作品までもが震災にまつわるものだと読まれてしまうことも多いですよね。「アウシュビッツ以降に詩を書くのは野蛮である」と言ったのはアドルノでしたっけ? 文極で誰かが「震災以降、詩は詩ではなくなった」みたいなことを言ってるのを見かけたのですが、やはり3.11から詩は新章に突入したのでしょうか?
NZ地震のときはまるで対岸の火事のような態度だったのに(実際対岸の火事でしたが)、今回の地震以降、詩の環境(書き手や読み手の反応)は変化したように思います。そのあたりが私はもにょもにょするのですがどうですかね?
まるで世界を揺るがした唯一の悲劇みたいだなーって。仕方がないことなんでしょうけどね。
浅井 心葉@schwarz★lviH40y99A_dCo
こんにちわです。
このスレでは熱い議論が交わされていますね。
ボクはついていくので精一杯なのですが、自分なりの意見を少しばかり書かせていただきます。
ボクはこのメビリン以外の詩投稿サイト及び詩雑誌を知らない人間なのですが、このサイトは非常に充実していると思います(特にボクが籍を置いている感想版が白眉)。
感想としてだけでなく、意見交換の場としても十分に機能しておりますし、これはこれでひとつの形を作り上げているのではないかと思います。
他のサイトと比べるという行為は間違っているとは言いませんが、なんか不毛だなという気はしています。ひとつの形ができあがっている以上、他のサイトと比べること自体がナンセンスな気がしてなりません。
詩のレベルの下降は避けられない現実のような気がしています。特にネット詩では顕著な傾向なのでしょう。それでもたまに「これはすげえ」と思える詩にぽろっと出会ったりする素敵な一面も確かに持っています。
比較じゃなくて、それぞれのよさを認め合えるような、そんな交流ができるのが最良の策なのではないでしょうか。メビリンにはメビリンのよさが、他のサイトや詩雑誌にはそれなりのよさがあるのではないでしょうか。少なくともボクはそう思います。
個人的な感慨をひとつぶちまけると、定型詩書きが少ないのが非常に寂しいです。
誰かいませんかね……メビリンではボク以外にはかつてひとりだけしか見たことがありませんので(しかもボクの真似でした)。
散文詩が悪いと言っているわけではありませんが、定型詩のよさも知ってもらいたいです。定型詩には定型詩のよさがありますからね。
ボクはこれからも定型詩にこだわり続けたいと思います。マイノリティーなのはわかっていますが、それでも書きたいと思えるものは定型詩ですのでね。
なんだか脱線トークになってしまいましたが、ボクの意見は以上です。
詩の世界は奥が深いですね。追求したらきりがない気がします。
それでもいろいろ試してみたいですね。いろいろな詩を読んでみたいですし。
では。
わたしはあんまりメビリンを起点/基盤にしてなんかやろう、とは思ってないので、ここでわたしにお鉢がまわってきちゃうのもなんだかな・・・と思ったけど、ではまあもう少しコメントしますか。
*
とりあえずメビリンでの批評スレの立ち上げについては基本的に6262さんたち(?)にお任せする感じでいいのかしら。依頼を受ける側としてなら、(量にもよりますし、質はまったく保証しないけど)協力します。(わたしはあんまりこのひとに批評されたいってのはないのでね・・・)批判に対して逆切れされるのだけは勘弁して欲しいけども。
いきなり「スレ主個人に対する依頼」は無理があるかもしれないけど、批評を依頼するって習慣が定着するかどうかのんびりやってみればいいと思います。
がんばってください。
*
>>未詳的なシステムが必要だと思う。
>>未詳のようなシステムにすればよくも悪くも停滞するし、なにより管理サイドへの負担が増えるんです。文極と違って二人で選考をやってるわけで、そこにかかる責任って計り知れないですよ。
>>詩誌の批評は3〜数行程度で解釈つける人はほとんど見たことがない。ってところでネットの利点が一つみえてきた。
>>僕の評には人はあつまらないが、プロの批評は集まりそう。てことで誰かつれてくるんだ。
>>とりあえず、誰か賞とれ。それが一番早い。詩の賞じゃ限界見えてるので、小説の方でとれ。そして、純文学も現代詩もラノベも書けばいいんだよ。それぐらい何でもできる器用な奴になるしかない。そうすれば色々解決すると思うよ。
>>文極は会員制のようだね。僕のような来訪者は基本的に相手にして貰えないな。
>>こういう具合に詩について、批評でも感想でもない単純な話を単純に語り合うような機会だって、特に若い人には必要だと思うんですけど、Jさんどう思いますか?
>>客観的分析ゼロのあほうなレスしか書けないし、文極の価値観とは生きる世界が違うような気がする、批評されたいけど批評できないから文極への参加は無理
やさしいあくま(PC)★zOjaRQI6oC_c5F
僕もだらだらとレスしただけで、企画・提案に積極的じゃなくてすみません。忙しいので都合よく発言しただけで逃げてます。
人が集まって詩の世界が活性化したらうれしいなっていうのはあります。
イベント的に大会みたいなのはやりたいなーとは思っていますが、固定の人たちで運営を続けていくは難しいので、新しい人がどんどん入ってきてもそのまま初回からイベントが参加者たちで進められる批評制全員参加型の現代詩大会なんかを考えてスレたてしてもいいかなと思ってる。あぁでもネタだすだけにとどめておこう。やりたいこと全部やってたら体がついていけないや。
昔だったら、プロ詩にあがった作品全部批評するくらいの元気あったけど今ないしな(結局グダグダですいませんが)
6262さんの案とは別のこと考えてますが、「指定の人から批評もらうスレ」(仮)のよーなものを、作るとしたら、需要が少なかったら機能していくのは難しいのかもしれないが、詩人板にスレたてすれば、何もプロ詩じゃなくてもどこの詩城のレスからもリンクを引っ張ってこれるので、全詩板が対象となりちょっとは繁盛するかも知れないすね。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
(スレとは関係ないのですが、あくまさん、おそらく「メビリンの好きな詩」に書き込もうとしてくれたのであろうレス、「Phantasmagoria」の米欄に誤爆してます><)
夜ノ淵 魚☆v3d9Z37Dr9I★SOFTBANK=KyZRnpbGhR
>>32
ぶっちゃけ、ここで個人の作品に云々かんぬん言い始めると色々まずいわよ。あなた自覚的か無自覚かわかんないけどほうぼうに喧嘩売りすぎ。じつはきみ、硝子細工の肩パッドと墜落した椋鳥たちの羽根で編んだモヒカンのカツラを被って「ヒャッハー!」って叫びたいのに夜の窪みに溜まった水のあふれにコトバを塞がれてただ書くことしか出来なかった世紀末ブンガク暴走族でしょ? なにいってんの俺全然わかんない!
まあ、それは置いといて。正直、日本の現代詩に限定すれば確実に、新章に突入する“べき”頃合いだし、おいらは震災以降の日本人の意識そのものが、戦後の枠組みから新しくなる“べき”だとすら考えてるんだよね。ただ、どっちもそうなれてない。まだ、今までの延長線上に活路を見出だそうとして、結局自分で自分の首を絞めて凋落を加速させてる印象。
ぶっちゃけ、これからの時代にナンセンスとか開かれたテクスト、詩的曖昧さなんて欺瞞だと思う。国民全体の意識の団結とかへの冷ややかな態度とか、『意味』や『わかりやすさ』、『伝わる言葉』への反抗ってのもそろそろ遅れてる。むしろ、今は戦後否定されてきたそれらを、今まで積み重ねられてきた批判的検証を土台として再構築して復権させなければならないと思うの。
詩は社会に消費されるべきじゃない? 寝言いってんじゃないよ。読まれもしない、読んでもたいして感動もしなければ新しい視点や発見をもたらしもしない難解な言葉の群れのどこに、そこまでプライドを持つに足る高尚さがあるのか。まず、消費されなければ、世界になんの変化のさざ波も立ちはしない。少数のよき読者と交わされる秘密の共有? そんな暗号文は身内でこそこそ渡し合ってろ。美しい言葉のオブジェ? まあそれ自体はいい。理屈抜きで美しい、そう思わせなければ芸術じゃないからね。だけど、芸術って時代とシンクロしてはじめて力を持つと思うの。仙人みたいに美を極めるのも立派な芸術家だとは思うが、社会に一石を投じる詩人が一人もいないのはまずくないか? それだけ、詩人には時代が見えてないってことの証なんじゃねーの?
まあ、自分の非力を棚にあげて無責任に色々言ってみたけど、このあたり、どうなんだろう。
夜ノ淵 魚☆v3d9Z37Dr9I★SOFTBANK=KyZRnpbGhR
追記
上のは議論というより、叩き台としてみんな、好きに使ってください。当方、ちょっと議論に回る体力が現在ありません。ごめんなさい。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
また名前変えたんすか……別にいいけど。メビリンなんて喧嘩売ってナンボじゃないですかね。ここで嫌われてもさして痛手ではないし、ぶっちゃけ現在プロ詩に参加してる人間で私より巧いやついないっしょ。とか散々自虐したあとに言ってみたり。balladさんやJさんは本気じゃないし浅井さんやユライさんは投稿してくれないし。まあ、よもぎさんはネット弁慶なので喧嘩売るたびに胃が痛くなる程度には小心者ですから三下臭が半端じゃないですね。こうして弱音吐いてるあたりがもうね。
まあいいや。
例えば1960年代、ラディカリズムの台頭とともに戦後詩もアナーキーな発展を遂げ、割と豊穣しているように感じるんですけど(吉増剛造とか鈴木志郎康、天沢退二郎や入沢康夫の時代といえばわかりやすいかな)、続く1970年代、1980年代の詩はそれまでの詩とは随分異なった変化を遂げたような気がします。なんていえばいいのかな、平出隆や松浦寿輝に代表されるような難解な詩が増えてきたというか。野村喜和夫の言葉を借りれば「隠秘化」を遂げているわけですね。おそらくそれまでの黄金期を経て、まるでバブルが弾けるみたく過渡期を迎えてしまったんじゃないかな、と。というか、そもそも詩の領域自体がそのあたりで既に頭打ちしてしまったをじゃないかなと私は思っています。完全に飽和状態なんじゃないですかね。だからこそ親しまれる可能性を捨ててでもマイナー化の道を選ばざるを得なかった、みたいな。
かつては学生運動なんかが盛んな時期もあったし、詩にせよある程度の力たりえたんでしょうが、現代ではもう社会のニーズにそぐわないんでしょうね。そこで詩を需要に合わせて変容させていくのかという議論が出てくるわけですけれども、結局「通俗化」と「隠秘化」のどちらを選んでも負のスパイラルに陥るような気がするし、最後には個々の価値観の采配だけしか残らないという。うーん、何がいけないのかな。小説よりも可能性が少ないとは思わないんですけどね。
詩の復興を議論するのって、沈みゆく船のうえで必死に水をかきだすようなもんじゃないのかなーと思ったりもする、けど、それでも私はその船が好きだからね。延命でもなんでもいいから出来ることはやりたいですよね。
(よもぎさん具体的なこと何も言ってないけどね…)
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
(しかし例のスレはけっこう炎上してますね。わたしが書き込む必要はなかったかも。
「震災と詩の付き合い方」というと語弊がありそうですが、詩人が災厄とどのようにして向き合っていくか、というのはいつも考えさせられます。読み手としてそういった作品にどういう関わり方をしていくか、というのも。詩作品にモラルを問うたりするのも危険だと思うし、難しいですよね。)
やさしいあくま(PC)★zOjaRQI6oC_c5F
a-
すっごく誤爆してました。貼りなおしてくる。
ところで >>32 の余談、方向が目に見えてるのでおまかせします。レベルの話じゃなくモラルの問題をまだ勘違いしてるっぽいので。余計な言葉くっつけずにね。当人が切れて荒れるのはさけたい。
たぶんレッサー次第で荒れるんだろうけど。
僕は必要なことは始めに書いた。あとは自覚できればいいね。
浅井 心葉@schwarz★lviH40y99A_dCo
あー、それはそうですよね。
ボクはプロと呼べるだけの技量は持ち合わせていませんし、主戦場は感想版ですから。
ただ、プロ詩のみなさまの作品のよさはある程度は熟知しているつもりですよ。
ボクには絶対に書けないような見事な作品を次々と発表する、そのバイタリティには脱帽させられることが多々あります。
ただそれでもボクが感想版を主戦場にしているのは、単純に感想がほしいからなんですね。
批評……となると、ボクには到底無理な話ですし、他人の作品をこき下ろすという行為はボクにはあまりにも難しすぎますから。なので、感想版のある程度ゆるい空気に惚れたんですね。固い空気がどうも苦手な人間でして。
自信がない、というのも理由のひとつではありますが、それでもボクの作品を少しだけでも読み、感想を示してくれる人がいるというだけでボクにとっては十分なんです。
それ以前の問題として、ボクはプロ志望ではありません。単なる趣味人として詩を書いているに過ぎない、ただそれだけの存在です。
だから感想は書けても批評は書けない、そんな感じの存在なんです。
プロ詩のみなさんが向上心を持って詩作に励んでいるのはよくわかります。
ですが、ボクにはそれ以上を望むほどの気力も意地もない。
だから小さくまとめて感想のみを求める形に収まったというわけです。
それでも後悔はしていません。これがボクの望んだ道であり、字書きとしての生き様です。
そもそもと言いますか、プロという言葉に違和感を感じている自分がいるんですね。
どれだけの基準をもってプロと言えるのか、その基準がボクにはまったくわかりません。
なのでプロの世界には足を踏み入れず、それ以外の世界に籍を置く存在となることを選びました。これがボクの考え方であり、字書きとしての生き様なんですね。
それがいいのか悪いのかはわかりませんが、いまは少なくとも満足しています。
プロって……なんなんでしょうねえ。
向上心がないといえば嘘になりますが、向上心はプロ詩以外でも磨けるものだと思います。
どれほど磨けるのかはわかりませんが、少しでもいい作品を生み出せれば僥倖です。
プロ詩以外でも詩人としての技量を磨けることを、少しでも示せればいいと思っております。
ボクの思う所は、つまりそういうことです。
青臭い考え方で申し訳ありませんが、これで妥協してくだされば幸いです。
よもぎ★AU=OgpcsROAkJ
まあ、以前プロ詩板改名騒動もあったことだし「プロ」って響きが気になる人もいるだろうなーとは思うけれども。あの名称は一種のウィルスバスターみたいなもんだと考えているので、やる気さえあれば気軽に参加しちゃっていいんじゃないでしょうか。文極に慣れているとプロ詩の空気でもぬるく感じるくらいだしね。
実際、プロ詩板と感想詩板の間にレベルの差はさほど感じませんよ。むしろ、感想詩板の作品のほうがみんなのびのびと書けてるんじゃないかなーと思うくらい。まあだから、「ちょっと叩かれにいくかー」程度の軽い気持ちで参加しちゃえばいいと思います。よよよ。
浅井 心葉@schwarz★lviH40y99A_dCo
よもぎ様>
やっぱりよもぎ様はいい方ですね。
ボクの見込んだ通りでした。
言葉こそきついことがあるけれど、本当に詩のことを深く考えている、そんな方だと思います。このスレを立てたのも、本当に詩のことを深く深く思っているからではないでしょうか。
こういう方と触れ合える機会があるというだけでもありがたいことです。
以前プロ詩改名スレの所で激しい議論を交わしていた時から「ああ、この方はすごく深く詩のことを考えている方なんだな」と思っておりました。
その時の考えは間違っていなかったと思います。実際、詩についてはどこまでも深く深く考えを持っていらっしゃる、そんな方だったのですからね。
そんな方とわずかながらも知り合いになれたことに嬉しさを感じております。
これからもよろしくお願いいたします。
ボクはまだ詩に関しては初心者ですが、定型詩というこだわりだけは持っているつもりです。
これから先、さまざまな定型詩で世界を形作ることがあるのかもしれませんが、その時は少しでも感想をいただけましたら幸いです。もちろん批評もOKです。
よもぎ様の作品は深く大らかな作風だと勝手に思っていますので、その作風は大事になさってください。それがよもぎ様の味だと思いますので。巧みさもプロ詩の世界でも屈指だと思っております。
つい先ほど、とあるプロ詩の詩人(いや、詩人と呼んではいけないですね)に猛烈なけちをつけてきた所ですが、よもぎ様の作品は文句のつけようがないほどにすばらしいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
このスレに関しても、よもぎ様の信念と言いますか……思いのたけが詰まっているように感じて非常に心地よいスレになっていると思います。
6262様を初めとする凄腕の詩人さんたちに囲まれ、深い意見交換ができるということにすばらしさを感じております。このスレは大切にしたいですね。
ボクみたいな若輩が参加することには異議を唱える方もいらっしゃるとは思いますが、まぎれもないボクの本心を綴ることができるので、このスレはかけがえのないものだと思います。どうかこれから先も、貴重な意見交換の場として存続させてください。
では。
夜歩く、秋風☆IuD8Ld35Dkw★SOFTBANK=KyZRnpbGhR
まあ、名前変えたのは気分です。なーんか見失ってます色々と。
まあ、確かに無理して大衆に迎合しなくてもいいのかも。ただ、和合亮一さんが「詩の礫」を書いたように、なにか、時代に対してもっと発信してもいいよなーとは思った。(でも、書店には置かれないんだよね、詩の礫。本屋によるたび探したけど、紹介されるのは宮沢賢二の語録とおばあちゃん詩人の詩集ばっかりだった。なんだかんだで歯がゆい。給料日になったら密林でポチる予定。)
笹川★4vXREUY7CY_rWD
和合なんぞ、くそだ。ラジオでリーディングと喋りを聞いて、脳が腐りそうな危機感を覚えた。
夜歩く、秋風☆IuD8Ld35Dkw★SOFTBANK=KyZRnpbGhR
>>47
糞なのかは知らんけど、自身が被災者かつプロの現代詩人で、震災に対していちはやく、一冊の詩集を世間に発表したのは彼でしょ。
現代詩が世間に閉じてると言われて久しいなか、彼がそのアクションを起こしただけでも意義はあるんじゃないの?
よもぎ★AU=sWXQHq3A7l
和合さんの詩は純粋に面白いと思うけどなあ。でも確かに、今回の件は調子に乗りすぎな気もしますよね。本にまでしちゃうのはちょっと・・・
6262★jnzKIHztDF_hgO
皆さんごきげんよう、ポストモダン大好き劣化人類の6262です。
語弊のある話はしませんけど、今朝いろいろ見たせいで頭痛がするほど腹が立ってて、いまから仕事なんですけど、今日の仕事は荒れそうです。
* * *
Jさんへ
わたしはあなたの精神衛生を、勝手におそろしく杞憂しています。
>たぶん今年の八月に投稿したやつ
>(よもぎさん具体的なこと何も言ってないけどね…)
ここ最近のプロ詩の詩を見ているよりも、ここ数日のネット詩人達の討論を見ている方が面白いな。
過去に、他サイト同士から参加者を募り、一夜限りの討論会なんてのにも参加させて頂いた時もとても楽しかった。
衰退していっているネット詩の中で、このような意見交換をする事って、とても重要なんじゃないかと感じましたね。
その場はどこでも構わないと思います。
メビリンにおける詩板のカテゴライズって多数あるわけですし、そこでまずはメビリンの詩板の住人達で討論会などをするのも楽しいのではないか?なんて安易ながら思いましたね。
>ここ最近のプロ詩の詩を見ているよりも、ここ数日のネット詩人達の討論を見ている方が面白いな。
笹川さん
確かに、現在わたしは詩人では無いですね。
野次馬なのも確かですね。
それで、何が言いたいんですか?野次馬は黙ってろっとでも?
>>定型詩書きが少ないのが非常に寂しいです。
>>新しい人がどんどん入ってきてもそのまま初回からイベントが参加者たちで進められる批評制全員参加型の現代詩大会なんかを考えてスレたてしてもいいかなと思ってる。
>>正直、日本の現代詩に限定すれば確実に、新章に突入する“べき”頃合いだし、おいらは震災以降の日本人の意識そのものが、戦後の枠組みから新しくなる“べき”だとすら考えてるんだよね。
>>戦後否定されてきたそれらを、今まで積み重ねられてきた批判的検証を土台として再構築して復権させなければならないと思う
>>詩は社会に消費されるべきじゃない?
>>社会に一石を投じる詩人が一人もいないのはまずくないか? それだけ、詩人には時代が見えてないってことの証なんじゃねーの?
>>(よもぎさん具体的なこと何も言ってないけどね…)
>>衰退していっているネット詩の中で、このような意見交換をする事って、とても重要なんじゃないかと感じましたね。
ballad★zB8okug9Jx_fk0
関係ないけど、恐らくこんなにも詩が書かれて、読まれている時代は無い、という認識はもっておいたほうがいいよ。衰退している様に見えて、実は今までが異常だけだったのかもしれないし、というか、今も読まれて書かれまくっていると思うけどね。文学における制度的な特権が剥奪されて、サブカルとハイカルがぶっとび、すべてがサブカルになっただけ、今までが異常なだけ、というあずまんの理解もなんとなく理解できるし。浅田は、そんなふっきさらしの荒野はいやだ、なんていってたけど、俺は本当に力のある書き手は、ふきっさらしの荒野でもやっていると思うよ。そのための技量だったり、読書だったりすると最近思うんです。
そして、メビリンにおいても何人かの書き手は間違いなくそういう高い技量を獲得できる可能性を秘めていると思っているよ。または、村上隆が言うように、資本主義におけるアート、資本主義は終わっていない、その中でアートはどう対峙するか、という問いは重要かなと思う。村上のやり方がどうかじゃなくて、今もなお資本主義は続いているし、詩もどうするのか考えた方がいいかなと。
私は皆さんにガチで期待してるけど、だれもうじうじしてやらないのでだったら俺がやる、という一人、いきり立っているイベリコ豚ですが、Jさん、よもぎさん、6262さんの議論は色んなサイトで色んなジャンルで見てきた。もうこれ、何度目の世界って感じで、俺の役を違う誰かがやり、Jさんの役を、よもぎさんの役をその他諸々の役を、やっぱりこの世界は唯識であって、もう解脱目指すしかねぇかな、とか冗談交じりで言いたくなるくらいに。三島みたいに切腹しようかな、豊饒の海みたいなもう唯識でだめぽ、と作品書いて。
議論の積み重ねで消耗するだけで、言説をただ内側でまわしているだけで、それよりもこの泥沼を抜け出るには、やっぱり作品を作るしかないんだと思うんだよ。女子高生から60歳のばりばりの現代詩読んできたじいさんまでもガッチリ掴むような作品をね。皆に、それを出来る可能性はあると思う。ただ、本気でそれを真剣にやろうとしている人が少ない気はする。アカデミズムと私たちの生活はほとんどもう乖離している。でも、その中でなんとか統合しようと奮起している学者さんもいるし、それは会社でもそうだろうし、どこにも違う形でやっている人はいる。分かったような顔して言説をこねくりまわして、悲嘆にくれるよりも、盲目的に自分自身に狂気でもまとわせて「やるぞ!」と泥臭くやったほうが実りはあるとおもうんだよね。
話は飛ぶけど、保護活動やっていて痛感したのは、言説では命なんてすくえないわけ。犬を保護するためには、誰かが犬いる場所に行って、捕獲して、世話をして初めて命は失われない。そして、そういう人の姿を見て、支援者さんは増えていくし、手伝いの人も増えていく。もっとも困難な場所で困難な事をしている人の姿に、人は魅かれるんだと思うよ。
6262★jnzKIHztDF_JeT
Jさんへ
逃しまくっていた機が巡り、初レスを投げられて大満足です。
ところでわたしのスレへ来て、「指定請負」にご登録ください!!
さて先日、図書館に返却に行ったついでに雑誌コーナーを見たら、ありました現代詩手帖。さすが腐っても県立図書館、いや腐ってると思うが、何せあそこコーマック・マッカーシーの「ブラッド・メリディアン」置いてないんですよ。ほかのはぜんぶ揃ってるのに「ブラッド・メリディアン」だけない、誰のセンスでそのチョイスなんだよ。
しかしとにかく現代詩手帖はあったので、お勧めどおり投稿欄だけ読んだところ、紺野ともさんという方と栗山括弧さんという方(お名前が間違ってるかも知れない)の作品は好きだったが、脳天ぶち抜かれるまでは至りませんでした。Jさんのほうが好きだ、って、本気で我々の雑談に終始していいのか。
* * *
やさしいあくまさんへ
お約束通り、わたしへのスレで指名批評受付を開始してください!!
ほかの方も来てください!!
スレ主いないし、叫びだけ投げて帰宅します。
やさしいあくま★zOjaRQI6oC_hRs
レスしてきました。
はかいしさんのスレ、は他にも空さんって人がその前に批評受付していましたが、荒れてやめてしまったと記憶してます。
hamzah@migraine★SOFTBANK=tySPsOir2y
《詩-作者への読者-性》
“仮に”読者を区別し作者を統合し得れば、作者は読者から求められる。(※読者が作者を統合し、作者が読者を区別するのだから。)人は物事を統合したがる者だ。――依って、読者-性は詩-作者を意味し得る様に為る。拠って、詩-作者を読者に依って機能させ得る。――作者とは日本国民で在り、読者とはコクミンノダイヒョウや官僚で在る。
ところが、作者は読者を区別したがらない。コクミンノダイヒョウをコクミンとして区別はするがダイヒョウとしては区別をしたがらない。リーダーシップを求めるからだ。(一方、作者は批評-者[官僚]に読まれたがらない、らしい。批評-文[暴力]に依って作-文[暴力的作品]の素材[言葉・名付けられたもの・被害者]を並べ立てられ(得る)からだ。つまり基本的人権など[法(≒権利)・暴力]を。そして其の為のイワユル義務やらイワユル責任やらを。)
+
今や国民[作者]は一方的に統合されつつ在る。人間社会的な現象では在ろう。しかしながら、(少なくとも)贈与は「読者への区別」つまり読者-性[応答可能性]に依って目指される。(正義は官僚などに依る利権-構造?等を脱構築する際に一時的に見出だされ得ると、デリダさんという方は仰って居たらしい。)
詩-作者への読者-性[応答可能性]は、例えばメビウスリング等に於いて板別けに依って“作者が”隔離されたり格差が意識されている現状とは相反する。私達は『詩'人'』として統合し得る限り、“読者の”区別を試み続ける者として了解され得るで在ろう。(『統合』を重視するのは飽く迄も我々が人間として言葉を用いる限りである。)
+
以上を前提として、私にも提案し得る様なrebirth案?がもし有るとすれば、やはり“読者の”区別を意図した例えば批評板と感想板といった板別けの在り方を目指す意識改革であったり、現代詩-作者と現代ポエム-作者の統合であったりするのだろう――が、此等がイワユル官僚-的[読者-的]に行われるのならば、国民[作者]から非難される事態は必至である。
つまり、飽く迄も二項対立(※)を避ける様に徹するならば、私達が『詩-作者への読者-性[応答可能性]』に於いて一時的であれ正義を求めるならば、――作者や読者といった区別は一時的にであれ廃されねば為らないだろう。因って、一時的に“意味[性]は失われる”。応答可能-性も失われる???。
――其の為には何だろなw。――多分、何か間違えてるのか、デリダさんを参考にすべきでは無いのか、わかんないけど、現時点での僕に出来る精一杯の意見です。
m(__)m
、@migraine★SOFTBANK=tySPsOir2y
>>61 一部改め、現時点の解釈は以下の通りです。一度消したものを載せ直します。m(__)m
感想にも批評にも解釈は欠かせないだろう。批評が解釈に於ける各-重視-点を連ねる返信の在り方を基本とする一方、感想は解釈に於ける各-重-視点及び各-軽視-点を連ねる返信の在り方を基本とする。
前提として、問題点は重い程問題視且つ問題化され得る。つまり批評と感想のどちらを選択すべきかという問題点に於いては、何が重視され得るのかが問題化される。――此処で例示したい二項対立は質と量である。
仮に質は密度を意味し量は体積を意味すると考える場合に於いては、解釈の密度のみが大きく為れば視点は重く為り、解釈の体積のみが大きく為れば視点は軽く為る。
乃ち、解釈に於ける質と量[密度と体積]を問題とする場合、批評と感想の選択に於いて、提示する解釈の程度が判断基準の一つとして挙げられよう。――其の解釈の程度[≒価値]は質と量[密度と体積]のどちらを評価されるべきなのか。
また、評価とは誰に依って為されるべきなのか。或いは誰が為し得るのか。特に解釈に於いて。――解釈への価値観-察は視点への価値観-察と同様に、解釈や視点の作者が先ず担うだろう。作者とは作品の担い手を意味する。
作品の担い手とは何者か。――先ず、例えば詩は読まれて初めて作品と観なされる。乃ち、詩と詩作品の境界は詩作に於ける書き手と読み手の境界で在ろう。同時に、詩の概念と詩作品の概念は重なり合うもので在る。
詩作-意味が、詩-意味と詩作品-意味の総合で有る一方、境界の意味とは何か。――そんな事より、とにかく、『作品』とは詩と詩作品の総合を意味するから、作品の担い手は詩作の担い手を意味し、詩作の担い手が『作者』で在り、
作者とは此処では「解釈や視点の作者」で在ったので、評価の担い手が詩作の担い手で在る以上、「解釈や視点」を返信する場合、本来ならば『作者』への確認手続が其の正当性の為には必要とされるのだが、
返信の正当性はメビウスリングという社会に於ける正当性に代替されて在るのは社会内的事実[常識]で有る。拠って、メビウスリングのルール[常識]に合致する返信には正当性がメビウスリングに依って認められるので、作者への確認手続は省略されているのが実状で在る。
以上拠り、解釈の程度の評者で在る作者乃ち詩作の担い手への返信の正当性の確認手続は省略されているので、解釈の程度を判断基準とした批評と感想の選択とは、質[密度]と量[体積]の選択を意味するだろう。
何故なら、解釈の密度が高い場合の視点の重みは批評に適しており、解釈の体積が大きい場合の視点の重み及び軽みは感想に適していると考え得るからである。乃ち、寄り重い問題化が被-批評-者からは求められており、寄り“広い”問題化が被-感想-者からは求められていると考え得るからである。